ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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火星が出てゐる 高村光太郎

  火星が出てゐる 
             高村光太郎


火星が出てゐる。

要するにどうすればいいか、といふ問いは、
折角たどった思索の道を初にかへす。
要するにどうでもいいのか。
否、否、無限大に否。
待つがいい、さうして第一の力を以て、
そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。
予約された結果を思ふのは卑しい。
正しい原因に生きる事、
それのみが浄い。 ※
お前の心を更にゆすぶり返す為には、
もう一度頭を高くあげて、
この寝静まった暗い駒込台の真上に光る
あの大きな、まっかな星を見るがいい。


火星が出てゐる。

木枯が皀角子の実をからから鳴らす。 ※
犬がさかって狂奔する。
落葉をふんで
藪をでれば
崖。


火星が出てゐる。

おれは知らない、
人間が何をせねばならないかを。
おれは知らない、
人間が何を得ようとすべきかを。
おれは思ふ、
人間が天然の一片であり得る事を。
おれは感ずる、
人間が無に等しい故に大である事を。
ああ、おれは身ぶるひする、
無に等しい事のたのもしさよ。
無をさえ滅した
必然の瀰漫よ。 ※


火星が出てゐる。

天がうしろに廻転する。
無数の遠い世界が登って来る。
おれはもう昔の詩人のやうに、
天使のまたたきをその中に見ない。
おれはただ聞く、
深いエエテルの波のやうなものを。
さうしてただ、
世界が止め度なく美しい。
見知らぬものだらけな不気味な美が
ひしひしとおれに迫る。


火星が出てゐる。
 
 ※浄い きよい
 ※皀角子 さいかち
 ※瀰漫 びまん
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by 50TEMPEST | 2010-03-30 14:17 | 朗読