ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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宗初末氏を悼む

宗さんと初めてお会いしたのは、あるセミナーでした。
営業についてのセミナーで、講師が彼でした。

会社の組織再編で、当時、私は立場上、営業をしなければいけなくなりました。
それまで事務の仕事しかしたことはなく、どうしたものかと考え、たまたま見つけたそれに参加したのです。

「〇〇円を売り上げた」といったカリスマ的なふれこみとは逆に、いわゆる営業マンタイプでないような講師が登場して、私はホッとしました。
彼が、いわゆるバリバリの営業マンだったなら、こんな長いお付き合いにはならなかったでしょう。

30歳すぎてから営業になり、
「妻、子、家賃の三重苦を抱えて」
「何も知らずに西新宿の駅に降り立ち、それが私の営業としての第一歩でした」
といった苦労話に救われました。

こうやったら営業はうまくいくんですという話は、世にたくさんあります。
しかし、もともと営業がやりたくなくて、しかも中年になった自分です。
会社の本来の業態とは違う営業を模索し、何をどうすればよいか見えないという感覚の中で、「こんな一歩もあるのだ」という気づきは、自分の足を地につけてくれました。

以来、宗さんとのお付き合いは細く長く続きました。
彼は本来。研修の営業マンでしたから、研修を売りたかったでしょうが、そちらの線がまとまることはありませんでした。

しかし、後に私がセミナーを企画することになったとき、彼にお声をかけました。
職種転換で営業になった人や、営業がなかなかうまくいかない人が、小手先のスキルではなく、人間的な面から営業をとらえ直し、心の持ち方を整理するには、彼の話は最適だと思ったのです。

定年退職後、私とは、時々お会いして一杯やるようになりました。
待ち合わせは、いつも西新宿の交番の前でした。
思えば、西新宿は彼にとって、大きな意味を持つ街だったのかもしれません。

ふだんは一見物静かな印象ですが、酔えば、明るく大きな笑い声でした。

最近、私を淑徳大学エクステンションセンターにご紹介くださいました。
「私は営業ですから、つなぐのは大好きなんです」とおっしゃったこと、人として教えられました。

在職中から、セミナー活動をいろいろおやりでしたが、定年退職後は、それを生きがいにされておられたようです。
お好きなドラッカーの話とからめて、ご自分の生き方を語られました。

そのための場を得るのは、さすがにお上手でした。
この秋、くも膜下出血で倒れたときも、講師として登壇中だったと聞きました。

65歳の誕生日を前にしての死去。
まだまだお若いのに、残念です。
やりたい活動をしながらのご最後、せめてものことだったか、と推察します。

ありがとうございました。
いずれ、あの世でまたお目にかかりましょう。
感謝をこめて。
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by 50tempest | 2012-11-10 11:48 | 見て聞いて考えた