ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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コミュニケーションでの心の荷物

管理職になって、まだ間のない頃(10年以上昔のことです)、細かいことは忘れましたが、何か部下に関する仕事上のトラブルがありました。
その時の自分の感想は「早く言ってこいよ!」でした。

トラブルとして小さいうちに早く報告してくれれば、簡単にカバーできることが、炎が燃え上がってからでは厄介です。
しかし、自分のそれまでの仕事のしかたを考えても、人は自分で何とかしようとするし、現実にはトラブルというものは厄介になってから発覚するものですね。

「 報連相の本質は心の荷物を渡すことであり、組織は仕事全体の心の荷物を分担しあうためのものである。したがって、報連相はお互いのために心の荷物が増殖しすぎない段階でするべきであり、同時に、組織は受け皿として積極的に活用するべきである。 」
当時、そんなことを考えました。


今考えて、大枠としては間違いではないでしょう。
そもそも人が何かを言ってきて、それを聞くということは、大なり小なり何かの負担も感じるものです。

たとえば、男が女に告白する(逆も同様)。
告白したほうは、心が楽になる。
しかし、されたほうは、何らかのプレッシャーを感じる。
…例として適切かな?プレッシャーなんか感じない人もありそうですが。

しかし、言ってみなければ何事も始まりませんね。
であれば、言ってきていいよ、という雰囲気のようなものこそ、実は大事なのかもしれません。


また、受け取るものを心の荷物(負担)とはじめから考えていることには、やや問題がありそうですね。
「それはちょうどいい!」 Yes,and と考える行き方もあるわけですから。

あの頃は、トラブル処理を通して部下を育てる発想など、私にはありませんでした。
トラブルをいかに防止し、処理するか、が関心事でした。
自分が非言語ではどんなメッセージを発信していただろうと考えると、まことに未熟なことだったと思います。
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by 50TEMPEST | 2008-01-05 13:11 | 見て聞いて考えた