ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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意味づけこそが問題

目の前に物があります。Aとします。
物体そのものが何で、どうなっているかは、私たちにはあまり意味のないことです。

それが脳に受け止められて、情報としてのAこそが意味を持ちます。
情報としてのそれを、A1とします。
私たち自身に行動をうながすのは、A1です。

脳の中では、すでにある問題意識や価値観や必要性や知識や、何やかやが反映されます。
そうして色のついた情報、つまり意味づけのされたそれを、A2とします。

そうした作業が、無意識のうちに、すべての物事についておこなわれます。
Aも、Bも、Cも、Dも、……。

それらは脳の中で、ある意味を持ちながら、たがいに関連づけられていきます。
つまり、Aにある色を持たせたとしたら、その色でBも見るわけですから、頭の中のことは、どんどんその色になっていくわけです。

そう考えてくると、大事なのは、実はそのように色をつけている意味づけや、そのもとになっている考え方なのですね。


ある状況に出会って、期待していたものと違ったとします。
アンラッキーと思いますね。

でも、そこで「そうか、これでもいいのかも?」と思うと、別なアイデアがわいてくるものです。
その状況を受け入れて、それを活かす選択をする。

結果的に、そのほうがよかったなんてことだってありますね。
アンラッキーと決めつけてしまえば、頭はそこでストップですが。
それが、「Yes,and」の発想ですね。


人生レベルでも同じことが言えます。

枝別れが後から後から出てくる道を歩いていると想像してください。
ひとつの枝別れで曲がれなくて、次の枝別れで曲がったとして、その先が最終的にどうなるかなんて、誰にもわかりません。

自分はあっちに行きたいぞと思いながら、その選択肢の出現を楽しもうというのが、つまりキャリア論でいう「プランド・ハプンスタンス」なのでしょう。


さらに言えば、自分というものに対する意味づけのもとになっている考え方こそ、交流分析でいう「人生脚本」なのです。
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by 50TEMPEST | 2009-07-28 19:14 | 見て聞いて考えた