ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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パソコン・人間能力・生産性・ストレス

かつて、生産性といえば「量」をどれだけこなすかでした。
職場にワープロだのパソコンだのを入れようとするとき、その妥当性を言うのにも、作成量や時間削減数を言わなければなりませんでした。
質のような、定性的なことを言っても通らなかったのです。

今、そんなことをいう会社はないと思います。
手作業時代とは「質」的に違う仕事ができていると、誰でも知っているはずです。
つまり、今の生産性の考え方は「質量」でイメージするべきなのでしょう。

ただし、その到達した生産性のレベルが、種としての人間の扱える幅を超えてしまっているのではないかと、思うことがあります。
人間のほうが、まだ適応できていないというべきかもしれません。

パソコンを使うことで、扱える量、作り出せる質、可能になった判断レベル。
私の若い頃とは、くらべものになりません。

パソコンの力でいろいろできるようになったことに、人は酔い、おぼれてきたようです。
しかし実は、気づかないまま、仕事の質量をこなすことから来る反作用としてのストレスを受けているでしょう。

パソコンの画面の奥に広がる深い迷宮。
そこで起こることは、先輩上司の目からは見えないので、サポートは得られません。
量だけでなく、質も問われ、それを実質ひとりで管理するわけです。

エンターキーを打った後に、どんなことが待ち受けているか。
東京証券取引所を止めてしまう事態さえ起こりうるのです。

その一瞬の見えない重さ。
我々はあまり感じていませんが、そこにもすごいストレスがあるはずです。

以前、メンタル的に弱ってエンターキーを押せなくなった人を私は知っています。
当時は、なんでそんなことができないんだと思ったものですが…。

社会は、もう戻れはしません。
問題は、人間のレベルで何をしていくことが必要かです。
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by 50TEMPEST | 2009-12-08 10:43 | 見て聞いて考えた