ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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カテゴリ:むかーし、あったんだどー( 115 )

むかーし、あったんだどー115 肝油

子どもの頃、よく「カワイの肝油ドロップ」という粒上のゼリーを食べさせられました。
甘くなってるので、別に嫌いではありませんでした。

肝油というのですから、もともと肝臓からしぼった油ですね。
鮫の肝臓らしいです。

ビタミンが豊富なので、学校給食の補助食品として使われたのだと思います。
今風に言えば、サプリメントというわけです。
これは給食とは別に申し込んで金を払った気がします。

夏休みなども、一定期間分を買いました。
缶などの容器にはいったものを受け取りました。
灯台型のプラスチック容器を覚えています。

ビタミンは、欠乏を防がなければならないものとして教わりました。
「不足すると、~を招くもの」という記述でした。
脚気とか、くる病とか、鳥目とか。

そんなものにはならずに済んだので、その意味では、肝油に下支えをしてもらったのでしょう。

ところで、大人になって、各種ビタミンの本質的な意味を学びました。
エネルギー代謝を助けるとか、体の酸化をコントロールするとか。
今はどう教えられているのでしょうか。
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by 50tempest | 2012-07-09 07:34 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー114 虚無僧

NHK朝ドラ「梅ちゃん先生」を見ていたら、タイトルバックのジオラマに、ちらっと虚無僧が出てきて、思わず「オゥ」と声が出てしまいました。
天蓋という深い笠をかぶり、尺八を持つ特有の姿で街を歩いているのは、私も昔、時々見たものです。

時代劇にはよく出てきますね。
侍が身を隠して何かをさぐるとか、敵が虚無僧姿でぞろぞろ出てくるとか。

歌舞伎では、忠臣蔵九段目で、加古川本蔵がこの姿で登場します。
禅宗系の宗派の僧が、修行に歩く姿なのだと聞きました。

虚無僧には尺八がつきものです。
この楽器も、虚無僧を介して普通の人になじんだのではないでしょうか。

虚無僧は姿が特有で、顔も見えないので、仏教の修行姿としては、かっこいい気もします。
昔は武士しかなれなかったそうです。
昭和の当時は、どんな人がやっていたのでしょう。
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by 50tempest | 2012-07-04 11:38 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー113 食堂車

以前の特急列車には、たいてい食堂車がついていました。
列車の高速化とともに、なくなったのです。

2度ほど入った経験があります。
たいしたメニューはなくて、けっこういい値段でした。

東北に出張して東京に戻るとき、上司と入ってビールを飲んだことを覚えていますが、よく揺れて落ち着きませんでした。
こんなところでサービスする人も大変だなと思いました。
もちろん新幹線になる前の話ですよ。

もう一度は、一人だけのとき、一番安いカレーライスを食べたんだったと思います。
若い頃でお金もなく、それ以上のものを食べる気にはなりませんでした。

今、食堂車がまったくないわけではなくて、トワイライトエクスプレスのような豪華寝台列車だけにはあります。
ここで出すメニューは本当に豪華です。
ある意味、正しい姿になったように思います。

食堂車がなくなり、そのぶん弁当が発達しました。
旅としては、それでまったく不自由ありませんね。
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by 50tempest | 2012-07-02 18:40 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー112 切符のハサミ

先日、ひさしぶりに金沢に行って驚いたことのひとつは、駅の改札が自動でなかったことです。
この大きな駅にして・・・。
考えれば、JR西日本では辺境だしな・・・。

人が改札するところでも、今はゴム印です。
シャチハタみたいなものなのでしょう。

さて、昔は切符にはハサミを入れました。
一部を切り欠くようなものです。

受け取って、パチンとやって、また返す。
かなりの手間です。

昔の切符は、厚いしっかりしたものでした。
たくさん切ってると、手が疲れます。
ハサミも切れ味が鈍るでしょうから、ときどきは研ぐのでしょう。

切符は自販機で買うようになると、薄いものになりました。
切りやすく、ということもあったのかも。

東京に来たら、改札係の人がこのハサミを、いつも揺らしてカチカチさせていました。
乗客が多くて疲れるので、運動しているのだと聞きましたが、果たしてどうでしたか。

驚いたことに、切符を差し出すと、受け取らないまま、手を下から振り上げるようにして、パチンと切る人がいました。
ここまでくると名人芸です。
こちらは、肝を冷やしますがね。
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by 50tempest | 2012-06-17 15:02 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー111 写真館

町に1軒ぐらいは、写真屋さんがありました。
焼き増しをしてくれるところではなく、いわゆる写真館です。

人生の節目節目に記念写真を撮る習慣は、今よりうんとありました。
今は、カメラが発達して、誰でも手軽に撮れる一方、ひとつひとつの価値が下がった気がします。

今は、七五三とか結婚式ぐらいでしょうか。
ビジネスとして成立しなくなったのでしょう。
ホテルに入っているところを除いて、いわゆる街場の写真館は廃業したところが多い。

就職活動の時、履歴書の写真を撮りに、アパートの近くの写真屋さんに行きました。
出来上がったのは、なんだか修正の入った、生気のこもらない写真でした。

娘の就職活動の時は、写真館というのではなく、スタジオという感じでした。
マスコミ向けにはここ、なんて評判のあるところもあるそうでした。
出来上がったのは、スマイルなどして、「その人らしい」写真でしたね。

私が、講師としてプロフィール写真を撮ったときのことも思い出されます。

まず、知るべのホテルの写真室で撮りました。
大きなカメラで何カットか。
時間がかかった末にもらったのは、はっきり言って使えないものばかりでした。
もとの写真を全部見せてもらい、「まし」なのを無修正でもらいました。

後に、知人に紹介してもらったスタジオで撮りました。
化粧をほどこし(シミやヒゲあとをつぶす)、デジカメでバシバシ、すごいカット数を。
できた写真は全部もらいました。

このように、修正ということの考え方も変わったのだと思います。
写真をプロに撮ってもらうニーズは、今もそれなりにあるのです。

しかし、素人の写真のレベルが上がる中で、修正技術を命としたところはガラパゴスになったのでしょう。
写真に何を求められているかをつかんだところは、ちゃんと生きているのです。
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by 50tempest | 2012-04-11 15:31 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 110 行火

行火は、あんかと読みます。

育ったのが北海道で、南とはいえ冬はけっこう寒く、家も今ほど断熱がよくなかったので、夜は冷えました。
子供の頃、品川あんかというのが流行りました。

四角くて、留め金をはずして半分に開くと、石綿が詰めてあり、真中に凹みがつくってあります。
豆炭をストーブに入れて真っ赤に熾し、この凹みに乗せて閉じます。

これを布団の足元に入れると、たいそう暖かい。

行火は、布でしっかり包みます。
ついてくる袋などでは、とても熱すぎます。

長くつかっていると、布はボロボロになってしまうのです。
あれは熱のせいでしょうか。

豆炭の赤熱が足りないと、途中で消えてしまいます。
十分だと、きれいに燃えて、白い灰になります。

次の晩、これをポンと捨てて、また次の豆炭を乗せるという繰り返し。

冬の夜の心強い味方でした。
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by 50TEMPEST | 2012-03-04 10:20 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 109 カレンダー配り

昨年末、駅の階段を上っている時、何歩か先を、カレンダーの筒を手提げ袋に入れたサラリーマン風の人が登っていました。
こんな姿をひさしぶりに見たな、と感じました。

昔は、年末になると、どこの店や会社でも、よくカレンダーをくれたものです。
もちろん、今でもくれるところはありますが、ずいぶん減りました。
本当のお客様に限るのではないでしょうか。


サラリーマン時代、仕事としてカレンダーも作りましたが、カレンダー配り用に手提げ袋を作ったこともあります。
営業マンたちが、ありあわせの手提げ袋で、カレンダーを持ち歩くのが、ちょっとカッコ悪いなと思ったのです。

ちょうど、その年に研究所が完成し、そのイベント用にデザインしたものがあったので、また作り直したところ、大好評。
皆、喜んで持って歩いてくれ、袋はあっという間になくなってしまいました。


また、会社の各部門に取引先から持ち込まれるカレンダーもすごい数でした。
担当者がほしいものを持ち帰ったところで、知れたものです。

そこで、社員が一番通るところに、「今年もお取引先からカレンダーをいただきました。どうぞご自由にお持ちください」と書いて、置くことにしました。
おかげで、だいぶ活用されました。


カレンダー作りは安いものではありませんが、無駄に消費されてしまう分もあったので、配らなくなったのも時代の流れですね。
わが家では、ある年から100円ショップで買うことにしています。
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by 50TEMPEST | 2012-01-05 17:29 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 108 蠅たたき

蠅とりつながりで、蠅たたきです。
これは、手に入れようとすれば、まだあるでしょうね。

太い針金を曲げて作られた柄の先に、四角い金網がついています。
その後は、全体がプラスチックになりました。

とまっている蠅を、この網上のところでたたくわけです。
つぶさずにたたくのは、少し技かもしれません。

子どものとき、お隣の留守番を頼まれました。
蠅たたきがあった(わが家にはなかった)ので、蠅をたたきまくって時間をすごしたことがあります。
たたいた奴は、そのままにして戻りましたから、後がたいへんだったろうなあ。

大きい蠅だと、飛んでいるやつでもたたけます。
手首のスナップが大事です。


震災で東北の港町が、保管されていた水産物などの腐敗のため、腐敗臭と蠅の発生で大変だと聞きました。
少し飛んで来るぐらいなら、蠅たたきも楽しいものですが、たくさんだと虚しさがわくことでしょう。
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by 50TEMPEST | 2011-07-18 13:37 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 107 蠅取りリボン

昔は蠅が多かったものです。

なま物が外にあると、わっとたかる。
家の中まで、どんどん入ってきて飛び回る。

台所などに吊る蠅取りリボンというものがありました。
ベタベタする糊のようなものがついたリボンです。

筒の中から引き出すと、長く出てきます。
これを天井から吊る。

飛び回る蠅が、それについたら最後逃げられません。

人間だって、うっかり髪の毛でも触ったら大変です。
なかなかとれません。

蠅取りリボンは、魚屋さんに吊ってあったりもしました。
真っ黒に蠅がくっついていました。

リボンいっぱいになったら、そっとはずして捨てるのです。

今思えば、見た目、きれいごとではありませんね。
また、どこから飛んでくるか、果てしない蠅を、片端からくっつけたところで、きりのない話ではあります。

蠅取り紙とも言いました。

どぶなどがなくなり、ゴミの処理が衛生的になるにしたがって、蠅が減り、最近はすっかり見なくなりました。
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by 50TEMPEST | 2011-07-16 15:32 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 106 白黒写真

写真についての変化は、ほんとうに大きなものです。
昔は写真は白黒でした。
今はカラーですが、カラーフィルムの時代から、さらにカラーでデジタルの時代と、2段階移ったようです。


私がはじめて写真を撮ったのは、小学生の時、おもちゃのようなカメラをいただいたときです。
その後成長するにつれ、一眼レフにあこがれたものです。

しばらくの間、カラーフィルムは高いものでした。
ですから、カラーが出始めても、庶民はよほど何かでなければ、カラーなど使いませんでした。

しかし、あっという間にカラーが優勢になりました。
バカチョンといわれた、家庭用カメラの普及とともに、一気に様子が変わったように思います。

今は、白黒フィルムなんか見つけるのが大変。
もっとも、今はカラーフィルムもマイナーになりましたね。


白黒の時代は、マニアックな人たちや、高校の写真部などでは、自分で焼くということがありました。
カラーの時代になって、それはむずかしくなりました。

プリント屋さんがたくさんできました。
ちょっとした商店などでも、プリントを仲介していました。
写真を撮るということが大衆化して、安値競争、スピードアップ競争が続きました。

今は家庭用プリンタで出力するので、商売あがったりですね。
せいぜいが、SDカードなどを持っていくわけですが、考えてみると、「普通の人が自分で操作する時代」になったのだとも言えますね。


私は若い時、仕事で印刷に写真を載せるようなことがありました。
そんなとき、白黒でないとダメと言われました。

白黒フィルムが入手しにくくなってからは、カラーフィルムを白黒で焼くなどという指定をしたこともあります。
ほんとうに、今は昔です。


写真のコストか高い時は、シャッターを押すこと自体、よーくねらってしました。
焼いた写真も、ていねいに整理し、アルバムに貼ったりしました。

昔のアルバムの写真は、サイズも小さい。
しかし、そこにとても思いがこもっているという気がします。
「卒業写真のあの人」も、白黒で優しい目をしていたはずです。
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by 50TEMPEST | 2011-05-15 19:39 | むかーし、あったんだどー