ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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むかーし、あったんだどー 65 インスタントラーメン

インスタントラーメンが初めて登場したときは、どんぶりに入れてお湯を入れて、しばらく待って食べる形でした。
スープの素は麺に予めからめてありました。

それから、鍋にお湯をわかし、麺を入れてしばらく茹で、そこにスープの素を入れる形が主流になりました。
袋に、かたまり状の乾いた麺と、スープの素の小袋が入っていました。この形は今あまり見なくなりましたね。

商品としては市民権を持ち、あちこちのメーカーが作るようになりましたが、どれももうひとつインパクトがないという状況で、カップヌードルが生まれました。

今は器つきが主流で、純カップヌードル型も、ずいぶんバリエーションが増えておいしいものがあります。

最初の製品、つまりチキンラーメンを作ったのは、日清食品の社長である故安藤百福さん。
自宅の物置で、ひたすら麺を揚げて製品開発をされたそうです。

カップヌードルも日清食品です。
アメリカにラーメンを売りに行って、器つきにするアイデアを思いつかれたとか。
ほんとうに、この分野のパイオニアは安藤さんなのです。

私は学生時代、お金がなくて、インスタントラーメンを食べ続けたことがあります。
「3コいくら」などと割引になっているのを買います。
しかし、続けて食べるとあきるので、数種類を同時に買い、毎日ひとつずつとり替えながら食べるのです。

さすがにこのときは、しばらくすると胃の調子が悪くなりました。
今はノンフライ麺になりましたが、当時はみな揚げた麺だったので、そのあたりが原因だったかもしれません。

とはいえ、高校から大学時代、夜更かしの空腹をささえてくれた愛着のある食品です。
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by 50TEMPEST | 2008-08-29 08:07 | むかーし、あったんだどー

インストラクターの「地力」養成セミナー

伝えることの「地力」をつけるセミナーを時々やっています。
ピントの合わせどころを、プレゼンだったり、インストラクターだったり、変えています。

この「地力」が案外わかってもらえないのですね。
「じりき」と読んでもらえなかったり…。
私の方も、何をやるセミナーなのか、うまく説明できてないところがありました。


このところ、オリンピックのソフトボールをよく見ていたのですが、ひらめきました!

皆さんが、上野投手だとします。
今、ボールを投げて、相手をアウトにとろうとしています。

ボールは審判から与えられるもので、誰にとっても共通のものです。
これは考えません。

さて、このボールをどう投げるか決めて、そのように投げるには、それだけの力がいりますね。
そして、相手の力と出方に応じて繰り返し投げ、アウトをとるのです。
一定の数を投げ続ける力もいります。

というわけで、「どう投げるか決めて、そのように投げられる」力が地力なのですね。

プレゼンターやインストラクターも同じです。
ボールがコンテンツ(話すネタ)です。
このコンテンツを聞き手に投げて、心に届けようとしているのです。

もちろんコンテンツはいいものを作る必要があります。
しかし、コンテンツがよければ届くというものではありません。

で、「どう話すか決めて、そのように話せる」力、つまり地力が必要になるわけです。

目にもとまらない速い球を投げられるほうが、アウトをとれる率は高いでしょう。
ビシリと強い球を投げられるほうが、アウトをとれる率は高いでしょう。
多彩な変化球を投げられるほうが、アウトをとれる率は高いでしょう。

まず声が出るようにするトレーニングを重視しています。
力のある声で話せさえすれば、それだけで説得力は格段に上がります。
一定の時間話しつづける力も必要です。
また受講者に声が届かないのでは、アウトをとりようがありませんね。

企業関係の講師だけでなく、教員をめざしている方などにも、お薦めです。


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インストラクターの「地力」養成セミナー
 ~伝える仕事に自信をつけるワークショップ

 ・8月27日 水 10:00~17:00
 ・LBA研修室(東京:四ッ谷)
  詳細、お申込みは、こちら
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by 50TEMPEST | 2008-08-27 08:10 | 仕事の記録

命名のメッセージ

今回のオリンピックでは、女子の競技が概して健闘でしたね。

で、選手の名前を見る機会が多かったのです。
姓ではなくて、名前のほうです。
「めぐ」なんて名前があって、時代を感じました。

「めぐ」が悪いというのではありません。
きっと親御さんは、かわいらしい子、愛される子に育ってほしいと、つけたのでしょうね。
オリンピックで活躍するような人になったのはすばらしいですね。

交流分析では、名前は親からのメッセージだと考えます。
親は、こんな子に育ってほしいと、思いをこめて命名しますから。

子供は、そのイメージを無意識に感じとり、大なり小なりそれにこたえようとします。
それが、人生の脚本の第一歩です。
おそらく「めぐ」さんは、そう名づけられた時点で、政治家とか裁判官になる人生の目はなくなったのかもしれないなと、思いました。
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by 50TEMPEST | 2008-08-26 08:09 | 見て聞いて考えた

スローリーディング

「本の読み方 スロー・リーディングの実践」平野啓一郎著 は、昨今の速読ばやりに対するアンチテーゼのような本です。
吟味しながら、じっくり読むことの楽しみを語っています。
私も、ひところは速く速くと考えていたのですが、朗読をやり始めてから、登場人物の心理を追うといった、遅読の楽しみがわかるような気がします。

この本の中に語読力という考え方が提示されています。
筆者の考えに対して、あえて読者なりの文脈で理解するのは、悪くないといったことでしょうか。

そういえば私も、似た感じで、読み方の楽しみがあるなと思いつきました。

私の場合、読みながら読んでないことがよくあります。

ふだんでも、読みながら頭の一部で何か別のことを考えているようなのです。
今気になっていること、最近経験したこと、前に読んだことなどと、本の内容との間を、意識が行ったり来たりしているのですね。

そうしていると、たまに本のフレーズと考えていることとが結びつきます。
本のフレーズに対して自分なりの理解がついたり、気になっていることが解決したり、まったく新しいアイデアが浮かんだりします。

ユウリカ!
そんな瞬間は、ほんとうに幸せな瞬間です。
忘れないように、どこかに書き留めます。

そんな時は、まったくスピードは上がりません。
速読という面では、雑念にとらわれているのはよいことではないでしょう。
しかし、こんな読書のしかたも、色々読んできた経験の上にできるものかもしれない。
ひとつの実りと言えるのではないかと、最近は思えるのです。
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by 50TEMPEST | 2008-08-24 08:03 | 読んだ本

アクティビティ大会のふりかえり

している株式会社さんの、チームビルディング・アクティビティ大会に参加してきました。

・2008年8月16日 10:00~18:00 
・あうるすぽっと
・ファシリテーター 大橋邦吉さん

 You,Me,Me,You
 Line up
 Catch,Cat
 Name exchange
 あなた、私、右、左
 Zip,Zap
 牛、うさぎ、象(、エルヴィス)
 虎の穴
 ゾンビタグ
 前、後ろ、右、左
 ペーパーシャッフル
 名前覚え ~と~の間にいる
 ヘリウムフープ
 パイプライン
 ブラックジャック
 トラフィック・ジャム

参加者は若くて意識の高い方ばかりで、私のような研修講師は多くありませんでした。
しかし、この方面では経験豊富な方がたくさん。
私は圧倒的に最高齢でしたが、ビンビン、インスパイアされました。

機会があり、ヘリウムフープをファシリテートさせてもらいました。
大橋さんから貴重なフィードバックをいただき、とてもいい勉強になりました。
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by 50TEMPEST | 2008-08-22 07:41 | ファシリテーション

研修効果の考え方

カークパトリックの4段階評価というモノサシがあります。

研修や教材を改善していくため、あるいはその研修や教材を引き続き使っていくかどうかを判断するための、評価の考え方です。


難しい→4

1.Reaction(反応)
  受講中や直後の、受講者の反応や満足度についての評価。
  多くはアンケートで見ます。オブザーバーの観察も可能です。

  最低限、ここで納得してもらえないようだと、研修自体の必要性、内容の妥当性、
  講師のスキルなどが疑われるわけです。

2.Learning(学習)
  受講者の理解度や習得度、目標の達成度についての評価。
  筆記試験、実技試験で見ます。

  企業内研修ではあまりやりませんね。その分の時間は研修自体に回されるのかも。
  役所系の研修ではやるようです。
  そういえば、防火管理者の講習を受けたときも、最後に確認試験がありました。

3.Behavior(行動)
  受講した結果、受講者の行動が変わったかどうかについての評価。
  受講者自身や上司へのインタヴューやアンケートで見ます。

  行動変容。私は、これが最重要だと考えています。
  人はなかなか変わりません。
  目からウロコでした、なんてコメントはいただきますが、ウロコなんか何枚もあるのです。

4.Results(結果)
  受講によって得られた成果が、企業にどれだけ貢献したかについての評価。
  組織に与えた影響の評価をどうやって見るのが一般的なのかは、よく知りません。

  組織のような複雑なものは、ひとつの入力から単純な結果が出てくるわけでは
  ありません。
  特に業績といった面に結果が出るには、時間も必要です。
  研修に限って考えても、相当のインパクトで実施することが必要でしょう。
  現実としてこのレベルは、永遠の課題ないし研修提供者の心構えです。
  ただし、しっかりやった上で、ここまで評価している企業もあることは知っておくべき
  でしょうね。


カークパトリックがどんな教育を想定して、この概念を提示したのか知りません。
ただ、すべての研修が、4について顕在的に実証されるというものではないと思います。

たとえば技能系の教育は、即効的に効果が期待できますし、顕在的に見えることが多いでしょう。
工場のような環境で全員がある動きを身につけて、仕事がスピードアップして生産が増えたとか、事故がなくなったとかいうのは、4になりますね。

それに対して、ヒューマンスキル系やコンセプチュアル系の教育は、効果が出るのに時間がかかりますし、その効果はどちらかというと潜在的です。
極端な例ですが、経営的な物の見方を教育したとして、結果が顕在的に出るかどうかは、色々な条件が合わさった時だけでしょう。

まずは行動変容なのです。行動変容なくして、結果は出ないのですから。
直接左右できないことに思い悩んでもしかたがありません。
行動変容をいかに起こし、定着させるか、それこそが問題だと思います。
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by 50TEMPEST | 2008-08-20 07:58 | 見て聞いて考えた

喪の儀式

先日、アニメの宮崎駿監督が、「プロフェッショナル(NHK-TV)」でこんなことを語っていました。

親しい友人が亡くなった時、後日、「連れて帰りに」病院にあらためて行ったのだそうです。
集中治療室を出て、車の助手席に乗せ、その方の自宅の前まで。

「さすがに助手席のシートは凹みませんでしたがね」
監督は笑っていましたが、その時は大まじめだったでしょう。

それをすることで、気持ちが楽になったそうです。
その手順を通して、友人の死を受け入れられたのですね。

近い存在を失った時、理性ではわかっているその事実を、心はなかなか受け入れられないのです。
時間が解決してくれるだけでなく、あることを経ることで、納得するのでしょう。
そうした「喪の儀式」というプロセスがあるのだと、聞いたことがあります。


今年はわが家でも親父が亡くなりました。

初七日だ、ふた七日だ、み七日だと、実家には毎週坊さんが来ました。
三十五日、四十九日、百ケ日、間遠になりながらも、それはしばらく続きました。

そのたびに小さなお膳と団子を作り、仏壇に供えるので、母と妹は参っていました。
それを見て私は、「ああ、こうして亡くなった事実を心身ともに受け入れていくようになっているのだな。これが喪の儀式なのだな」と思っていました。
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by 50TEMPEST | 2008-08-19 08:00 | 見て聞いて考えた

むかーし、あったんだどー64 東京オリンピック

小学生のとき、東京オリンピックがありました。
わが家では、そのときテレビを買ったんじゃなかったかな?


目下進行中の北京とくらべると、ずいぶん違いました。

まず開会式の選手入場は、もっと儀式でした。皆整列してちゃんと「行進」してきました。
メインスタンドにかかると、帽子をとって胸に当てる国、腕を斜め上に上げる国、お国柄がありました。

旗手も、そこでは国旗を前に倒して、スタンドに見えるようなあしらいをしました。
ソ連の重量挙げ選手、ジャポチンスキーが片手でそれをやってみせて、喝采を浴びました。

日本の大選手団が入ってきた時は感激したものです。
赤いブレザー、白いズボンと、白い帽子。
その後、この紅白スタイルはずっと続いて評判が悪くなりましたが。

こちらが儀式であるだけに、閉会式の、列を乱してワッと入ってくる入場が感動を呼んだのです。
今の、スマイルでうれしそうに入ってくる姿は、これはこれですばらしいですが、時間がかかりすぎますね。


聖火もあっさりしたものです。坂井さんという、広島にゆかりのある男性が、1人がずっと運んで、階段を上っていって、点火しました。

凝りだしたのは、いつからですかね。
今回など、おーい、まだやるの?といいたいくらいに何人もに渡しっこ。
点火も毎回アイデア競争ですね。


次回はロンドン。
その後、また東京に誘致しようという動きがあります。さあ、どうなりますか。
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by 50TEMPEST | 2008-08-17 08:17 | 見て聞いて考えた

伝える・超える

【エピソード1】

先日初めてテレビ会議をしました。お客様にうかがったら、キーマンが東京と
大阪のそれぞれにいらっしゃったのです。
こちらの会社では、海外拠点ともよく会議をされるのだそうです。

空間を超える技術の進歩はすごいものですね。
大きな画面に映るテレビ電話は、私の子供の頃には、鉄腕アトムに出てくる
ような未来社会のシンボルでしたからね。

はじめは面食らいましたが、軽快に話せるものです。
画面の動きといい、音声といい、違和感はありませんでした。

後日、向こうの方と直接お会いする機会がありました。
テレビではアップでなかったせいもあり、ホントにその方?という微妙な感じ。

とっさに、「はじめまして」と挨拶しようか、どうしようか迷いました。
伝わらない部分もあるのですね。


【エピソード2】

某大学の市民講座に百人一首のクラスが開かれ、カミさんが参加しました。
そんなことから、先日百首全部、声を出して読んでみました。

あらためて感じたのは、平安の歌詠みたちが、実に豊かな言葉を駆使してニュ
アンスを伝えようとしているのだな、ということです。


なんとか助詞だの助動詞の活用だの、学生時代、古文はうっとうしかったです
ね。口語では使わない、たくさんの言葉と使い方の約束事…。

でもそれは、定型詩というスタイルの中で、何とか自分の想いを伝えようとする
努力との、背中合わせだったんだと思えたのです。


「定型詩にすることによって、想いは時間を超える」。
「短歌にするということは、非常に主観的な感情を、一度客観の網にくぐらせる
ということ」。
そんな主旨のことを、歌人の俵万智さんが言っています。

言葉は、それぞれ意味とニュアンスを持ちます。
そして詩は、その言葉を紡いで詩情(感情)を伝えようというものです。
確かに、定型詩だからこそ、私たちは平安人の心も共感できるのでしょう。

俵さんの言う、定型詩≒短歌化のプロセスとは、ニュアンスに注目しつつ、感情
を伝わりやすい言葉に置き換えるということでしょうか。

詩情は文字にしたとたん、意味だけが記録されるわけです。
感情も含めて、生きいきと再生可能なものにするには、言葉の選び方がポイント
になります。

そのとき、昔の言葉には、意味を持つ言葉だけでなく、情感の微妙さを伝える
役目の言葉たちもあったのです。
昔の歌詠みたちは、それらも駆使して、自分の詩情をできるだけ正確かつ他人
に共有可能な形で伝えようとしたのでしょう。

そうした努力があってはじめて、読み手側は、言葉をたどり重ね、自分自身の
持つ感性に照らして、あの時代の豊かな詩情を再生することができるのですね。



           …心に届け!コミュニケーションNo.19より
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by 50TEMPEST | 2008-08-15 08:15 | 他に書いた記事

プロフィール写真を撮りました

a0021775_10573944.jpg講師としてのPR用に、プロフィール写真を撮ってきました。
なかなかおもしろい経験でした。

これまで使っていたのは、某ホテルの写場で撮ったものでした。
今回は、個人のカメラマンがやっている某スタジオに行きました。
同業の方が撮ったものを見て、クオリティを感じたのです。

前回と今回を対比してみましょう。
デジタルで撮って、データももらうという点は共通です。

前回:

撮り方としては記念写真の延長です。
「ハイいきますよ」で、とても緊張しました。

撮ったのは10数コマです。
もらえるのは、基本的に1コマ。

撮った人が選んで、加工します。
ヒゲあとだの、シミだのを目立たなくするらしいです。
この加工に数日。

どんな風に撮れてるかは、送られてくるまでわかりません。
私の場合、最初にできてきたものはまったくNGで、別のコマを処理しなおしてもらいました。
時間と手間の無駄がかなりあったと感じています。


今回:

簡単に言うと、モデルさんを撮るみたいに撮りました。

まず化粧をします。
顔に塗るのは初めてでした。

話しながら、照明を変えながら、背景をかえながら、バチバチ、100コマ以上とりました。
そのくらい撮ってると、こちらも緊張が解けます。

撮ったコマは、その都度大きな画像で見えますから、こちらも姿勢や表情のおかしなところがわかります。「こんな雰囲気が、それらしい感じが出るようですね」なんて方向も決められます。
たくさん撮れば、中にはましなコマがけっこうあります。

撮ったコマは、直後に全部データをもらえます。
そんなこんなやってもらって、料金は前の半額以下です。


考えてみると、今回のやり方はとても合理的です。

後加工ひとつとっても、複数カット必要なときは、同じ加工を何回かするわけですね。
最初から化粧でつぶしてしまえば、後加工はいりませんね。

やり直しなんてムダ手間はないし、こちらも感じの違う写真を色々手に入れられます。
将来、違う用途が出ることもありうるので、これはけっこう意味があると思います。

ちゃんとした写真のニーズって、まだあると思いますね。
昔流をひきずった写真のスタイルと、現代のデジタルを前提としたスタイル。
現代のユーザーにとって、どっちの結果がいいかといえば明らかですね。
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by 50TEMPEST | 2008-08-13 21:27 | 見て聞いて考えた