ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

igarashi.exblog.jp
ブログトップ

<   2008年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧

独立宣言 その後

30年以上の会社生活をやめるとなると、あれこれあって、時間がいくらあっても足りません。

このブログを読んでくれている自社員もいるわけで、書いた当人はそれを考えもしなかったのですが、最初の反応が仙台からだったのには驚きました。

その後、意外な人がプリントを持っていたりして、挨拶に説明が省けることもありました。
一部の知人の間に回ったのでしょうか。


キャリアを考えるとき、転機という言葉はキーワードになります。
誰にでも転機はやってきます。

その転機に対して、できれば準備をしておき、その時点で持っている資源や経験を活かして対応し、戦略的に乗り越える必要があります。
ま、教科書的にはそういうことです。わかったような、わからないような…。

しかし今回、ああこれが転機というやつなんだな、と体感した次第。


前の会社時代も含めて、独立などとは、一番言い出しそうもない男が言い出したという感じでしょう。
挨拶まわりをすると、皆さんとても驚かれました。
心配もしてくださいました。

フリーの研修講師・研修プロデューサー・人材育成コンサルタントが次の仕事になります。
といっても、どんな仕事をするのか、わからない方もたくさんおられますが。

どちらかと言えば、近年のお付き合いの方、また私をよく知る方ほど、すぐ「君ならいいかもしれないね」「きっと向いてるよ」「賛成!」などと激励していただけました。

メルマガの読者や、セミナーの参加者の方たちからも、たくさんメールをいただきました。

ありがとうございます。力になります。


55歳、独立宣言
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-27 13:54 | 見て聞いて考えた

ワールド・カフェ

今回は少しウンチクです。

人間は、整理したがる生き物だそうです。
構造のないものに対して構造を与えようとするのです。

特に、「時間」に対しては敏感です。
時間というものは、ずっと経過しているだけですが、古来、ある人は月の動きを
もとに区切り、ある人は太陽を基準に区切り、日や月や年という概念を作りました。

他にも色々なモノサシで時間を区分して暮らしているのですが、そんなモノサシの
ひとつとして、「人との触れ合いの度合」で時間を使い分けているという考え方が
あります。それが『時間の構造化』理論です。

時間の構造化には次の6つの方法があります。

・ひきこもり
・儀式(あいさつ)
・社交(雑談・気晴らし)
・活動(仕事)
・ゲーム
・親密さ

ここでは詳しい説明はしませんが、要するに人は触れ合いを求めて、触れ合わない
レベルから、心から親しく触れ合うレベルまで、時間を区分しているのです。


先日開催した「場づくり勉強会 シーズン2」では、ワールド・カフェというスタ
イルで、職場のコミュニケーションについてあれこれ話し合いました。

いくつかの問題状況が提起されました。
そこで思い出したのが、上記の『時間の構造化』理論です。
「触れ合い」と「コミュニケーション」は、ニアリーイコールですからね。

この理論では、「人は親密を求めるが、人間関係というものは一気に親密のレベル
には行けない。儀式から順に過程をふまなければならない」と考えます。

とすると、コミュニケーションに問題を抱えた職場では、一気によい状況にしよう
としても、そうはならないのですね。
あいさつや雑談といった、さりげないコミュニケーションを増やしていくのがよい
のでしょうね。


ひとつ興味深いことがありました。
実は、ワールド・カフェというスタイルは、雑談の形式を重ねていきながら、その
場のたくさんの人と話し合う手法です。
話し合いの構造化とでも言いましょうか。

この手法だと、雑談から始めて一気にかなり深い話まで行けるのです。
親密に近い関係にもなりうるように思えました。

こうした新しい手法が開発されてくる背景には、人間についての研究が進んできて
いるのでしょうね。


           …心に届け!コミュニケーションNo.21よりa0021775_8424936.jpg
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-22 08:13 | 他に書いた記事

マネージャーのコミュニケーションのツボ 2 微笑み返し

微笑み返し。
歌のタイトルではありません。

何かしてもらったとき、挨拶されたとき、言葉とともにスマイルを返すのがコツです。

とっさに言葉が出なくても、スマイルだけでも効果は十分です。
気のきいたことのひとつも言おうとして失言するより、スマイルだけのほうがいいくらい。


とはいえ、スマイルってむずかしい。
鏡を見てスマイルを作ってみてください。どれだけ強張っているか、不自然か。

大げさなようですが、そこに人生の生き方が出ると言っていいのです。
もし、自然なスマイルができている方は、それだけですばらしい強みを持っていることになります。


もうひとつ。ストレスにさらされていると、顔はつい無表情になります。
無表情で忙しそうにしている人からは、それだけで近寄りがたいオーラを感じてしまいますね。

でもそんな時、その人は、本当は温かいふれあいを求めています。
子供のとき、自分だけ放っておかれて、「…いいもん……」とすねているような感じ。
温かいスマイルをあげたら、きっとストレスに耐える元気が出ます。

また自分でも、忙しい忙しいと思ったときは、今どんな顔をしているか、ちょっと気づけるといいですね。眉なんか、しかめるのが癖になってはいませんか。
話しかけてほしいのに、つい「自分は忙しいんだ、たいへんなんだ」というポーズをとってしまう。
それが、逆に話しかけにくいオーラを発してしまうのに…。
人間って、皮肉な、でも可愛いものだと思いませんか。


できれば普段から、軽い微笑みをたたえているくらいにしたいものです。
だって、逆の立場だったら、自分だって微笑んでいる人のほうに行きたいですよね。

もし、人というものが、自分にチャンスを運んでくれるとしたら…。
スマイルがチャンスを呼び寄せると言えそうですね。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-18 18:59 | コミュニケーションのツボ

マネージャーのコミュニケーションのツボ 1 そうですか 

「こないだ、こんなことがあったんですよ」
「それは、きっとAだよ」
「Bという線もあるんじゃないんですか」

会話をキャッチボールに例えることがよくあります。
ボールがテンポよく、パンパンと受け渡されるのは刺激的です。

クリエイティブな会議などの後では、スポーツをしたときのような爽快感に、頭が包まれます。
現代はそんな会話にあこがれ、どんどんそっちに向かっているように思います。


でも、もっとゆったりしたキャッチボールもあっていい。
人間、いつも元気とは限りません。パンパンとやるのはしんどい日もあります。
また、始めは軽いキャッチボールで肩を温めるということもありますよね。

「こないだ、こんなことがあったんですよ」
「ああ、そーう。……それはねえ、Cだよねえ」

そんなテンポを作り出すのは、最初の受け止める言葉です。
「そうですか」「そうなんだァ」「そーう」
相手の言ったことに対して、まずあいづちとしてうつ、こうした言葉。実はとても大事なんです。
受け止めるということは、存在自体を受け入れる姿勢につながるからです。


カウンセリングのトレーニングをしたときのことです。
社会人経験の長い人ほど、話し手の話を「わかりすぎる」という傾向がありました。
自分の経験に照らしてわかったつもりになり、アドバイスしたくなってしまうのです。

カウンセリングでは、それはダメです。
わかったつもりから漏れる微妙に違う部分こそ、問題の根幹であることが多いのですから。

私も例外ではなかったのですが、相手の話の後に、まずは「そうですか」を、深い言い方で返すようにして、どうにか壁を乗り越えました。
「そーうですかァ」という感じです。
これだけで、受け止める会話ができるようになりました。


普通の会話でも、まずは「そうですか」を返すのがコツです。
これでテンポをつくれます。
「間」もとれます。
聞いていますよ、と相手に伝えられます。

相手の話を聞いている間、私たちの頭の中では「わかる」ための作業が行われています。
つまり、「分ける」ために、似た経験をさがしたりしています。
聞き手の側が話し始めて、自分の方に話を取ってしまうことが起こるのは、そのせいでしょう。

まず「そうですか」と言えば、自分のことを話したくなるのに少しブレーキがかけられます。
仮に自分のことを話したとしても、「そうですか」のおかげで、相手もそう悪い気はしないはずです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-16 07:44 | コミュニケーションのツボ

55歳、独立宣言

この10日で、55歳になりました。
私が会社員になったとき、定年は55歳でした。
はやいものであります。

それでというわけではありませんが、今月一杯で会社を辞めることにしました。
研修講師として独立します。

キャリア論的な言い方をすると、
 ・やるべきこと
 ・できること
 ・したいこと
3つが重なった仕事生活ができるほど幸せなのです。

私のこれまでをふりかえると、
「やるべきこと」に、かなりウェイトがあったように思います。
もちろん、その中では、一般的なサラリーマンよりは、やりたいことを作り出してきてはいましたが。

そろそろ、やりたいことにシフトしてしまってもいいのではないか、と思うのです。

思えば、たくさんのあれこれがあって、この決断になっています。
部門の子会社化、カッコいい講師たち、セミナー・研修事業の提案、ご縁のできた多くの方たち、キャリアの勉強、父の死…、さまざまな経験と、その時その時の人との関わり。
そのどれもが私の土台になってくれています。

それほど悲壮な思いにかられて決めたわけではありません。
むしろ今、わくわく楽しんでいます。

いろいろありましたが、これが転機なのでしょう。
基本的に、偶然を楽しんで活かす、プランド・ハプンスタンスも信奉しています。

こんなチャレンジのできる自分が好きです。
また、支えてくれる家族があることを、とても幸せだと思います。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-13 21:38 | 見て聞いて考えた

フィードバック

スタジオで写真を撮ったことの続きです。

いいなと思ったのは、カメラマンが撮ったカットが、前の大きなスクリーンにすぐ映し出されることです。

撮られながら、いろいろ考えて修正します。
ちょっと表情が暗いな、首が曲がってるな、などなど。

これって、つまりフィードバックですね。

コーチングなどでも、フィードバックというスキルがありますが、けっこうむずかしいものです。

そのまま伝え返すのがフィードバックです。
「髪、切ったんですね」
「あ、赤い服ですね」
「大きな決断をされたんですね」

でも、私たちはついつい、一言、それも時々はよけいなことを加えてしまうのです。
「髪、切ったんだね、失恋したの?」
「あ、赤い服、似合うよ」
「そんな決断をするのはつらかったでしょう」

本人がそこにどんな思いを持っているか、何を感じているか、見る側からはわかりません。
まずは素直に見たままを伝えること。

それは、そのことを受け止めたよ、と伝えることになります。
そこから、当人がさらに何かを考え、変えていくのですね。


プロフィール写真を撮りました
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-11 08:19 | コーチング,カウンセリング

ランメルモールのルチア 風の丘で

毎回、こだわりの企画で評判の「風の丘」が、今回は豪華版です。
小空間オペラにして、この顔ぶれ、この人数。

そして伴奏は、なんと河原忠之氏。
伴奏者を売りにするのも変かもしれませんが、音楽関係者なら驚くはずのキャスティングです。

 ===========================

文化庁公認・文化市民団体登録・記念公演

 ランメルモールのルチア     ドニゼッティ
         字幕ハイライト原語上演

  2008.9月10日<水> 12:00開演
         13日<土>・15日<月・祝> 15:00開演   (開場40分前)

  ルチア:蒲原史子(二期会会員)
  エドガルド:小山陽二郎(藤原歌劇団団員)
  エンリーコ:鹿又 透(二期会会員)
  ライモンド:志村文彦(二期会会員)
  ノルマンノ・アルトゥーロ:藤原海考(藤原歌劇団準団員)
  アリーサ:松浦麗(Ms)
  アンサンブル:伊藤晴(Sp)・冨田裕貴(T)・高嶋康晴(T)・佐々木典(Br)・和下田大典(Br)   

  ピアニスト:河原忠之
  
  演出:木澤 譲  字幕・舞台監督:岡本泰宏 美術:鍵井保秀 衣装:イシカワマリコ

  チケット:一般 5,000円 全席自由
  (風の丘HALL取り扱いのみ4,500円(全席自由)/中・高・大学生2,500円(席エリア指定))
 
  会  場:はなみがわ風の丘HALL 千葉市花見川区

  プレイガイド:風の丘HALL 
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-10 07:35 | 歌舞伎,オペラ

むかーし、あったんだどー 67 七夕祭り

唄で思い出しました。

私の郷里では、7月7日の夜、近所の子供たちがグループを作り、提灯を持って近所を回りました。

玄関前に立っては、

 竹に短冊七夕祭り
 オーイヤ、イヤヨ 
 ろうそく一本ちょうだいな

と唄います。

すると家の人が、小さいロウソクをくれます。
ロウソクを実際に交換するほど、たくさんの家を回るわけではありませんがね。

私はこのカタカタ部分の意味がいまだにわかりません。
小学校時代からここがわからず、わからないまま唄うことにとても抵抗がありました。

で、ほとんど回りませんでした。
そんな恥ずかしい思いをして、ロウソクなんかもらっても仕方がないとも思っていました。

他の子は「タケミタンザク」なんて唄っても平気なのですが…。
とにかく、ちゃんと理解したかったのです。
子供らしくない子供だったのです。

最近は、ロウソクではなくて、お菓子をくれるのだそうです。
ハロウィーンの影響もあるのでしょうか。

それから、笹を家の前に出してある家だけに行くというルールができているそうです。
行事自体はけっこうしぶとく残っているのですね。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-09 07:46 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 66 数え歌

母親や叔父さんから、こんな唄を聞いたことがあります。

一月談判破裂して
日露戦争始まった
さっさと逃げるはロシアの兵
死んでも尽くすは日本の兵
五万の敵を撃ち破り
六人残して皆殺し
七月八日の戦いで
ハルピンまでも攻め寄せて
クロパトキンの首を取り
東郷大将 万々歳

その段階でもう、昔の唄として教えてもらったのです。
覚えているのは、子供心に、うまくできてるなと思ったからです。
特に「さっさと逃げるは」と「死んでも尽くすは」のあたりですね。

クロパトキンの名前は「クロバトキン」と聞こえて、それは字に書くと「黒鳩金」か、と質問したのを覚えています。
そんなことは知らない。ロシアの大将の名前だ、とのことでした。
後年、歴史の教科書に司令官クロポトキンの名前を見つけ、ああこれなのだと思い出しました。

こんな感じの調子のいい唄って、昔はけっこうありました。
「ひとつとや、一夜明ければ賑やかで」 もそうですね。
背景として、まりつきや、お手玉といった遊びには唄が付き物だったのでしょう。

そういえば、私の子供の頃は、まりつきは女の子たちの当たり前の遊びでした。
何だか意味がわからない唄を歌いながらやってました。

今は、そんな風景見ませんね。
こうした伝承唄も聞かなくなりました。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-07 07:33 | むかーし、あったんだどー

コミュニケーション 都会と田舎

都会の「しゃべり」は、どんどん速くなっています。
平板にもなっています。

その変化の具合は、昔の映画を見るとわかります。
『東京物語』など見ると(田舎から出てきた人たちとは言いながら)、イントネーションやらボキャブラリーやら、ゆったりと豊かなのを感じます。

ちなみに、アメリカ映画でも同じ感じがあります。
1940~50年代の白黒の名画を見ると、からきし英語がだめな私でも、しっかり聞き取れるようなスピードです。
今のアメリカ映画のせりふの速さ、ぶっきら棒さ加減とは、たいへんな違いです。

私たちは、早くしゃべることで、それだけたくさんのことを伝え合おうとしているのかもしれません。
でも、どうなんでしょう、それに成功しているのでしょうか。

唐突ですが、平泳ぎの北島選手の話です。
先日のオリンピックで、25メートルを泳ぐのに、ヨレヨレだった準決勝では19かきで、鮮やかに世界記録を出した決勝では16かきだったのだそうです。

速く速くと泳ぐのが、結果として速いとは限らないのですね。
都会のスカスカのコミュニケーションを思うとき、田舎のコミュニケーションが改善のひとつのヒントになりそうに思っています。
[PR]
by 50TEMPEST | 2008-09-05 08:17 | 見て聞いて考えた