ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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マネジメントのアイデア 6 仕事に趣味を持ち込め

サラリーマン時代、あれこれ考えてやってきました。
ふりかえって、ヒントをさぐってみましょう。


◎仕事に趣味を持ち込め

仕事をどうしたら「おもしろく」なるか、考えていた気がします。
おもしろくない仕事をしているときほど、そうでした。

それには切り口がふたつあります。
・生活の中に趣味を確保すること
・仕事に趣味を持ち込むこと


生活の中で、趣味を確保することは若いころから熱心でした、自分でいうのも何ですが。
若いころは、月に2本くらい落語の会に行っていました。

立場が上がるとさすがにそれはしんどくなり、数は減りましたが、月にひとつくらいは何かしら見に行ってましたね。
落語が歌舞伎になり、オペラになっていきました。

あるとき、趣味と言えるものをリストにしたことがあります。
10を超えていたと思います。

おかげで、誰と会っても何かの話はできました。
その関係の雑誌を買ったりして知識を仕入れるので、新しい趣味でもウンチクはあるのです。

さすがに、ちょっと多いなと思い、それからはふやさないようにしました。
たとえば、アイルトン・セナが死んだのでF1は止めて、オペラにするという具合です。

忙しいとき、ストレスでしんどいときなど、オペラのような感情を揺さぶってくれる趣味は、メンタルヘルス上の効果もあったように思います。
部下にも、オペラは勧めました。


仕事に持ち込むことでは、劇画「山口六平太」のことや、「ホテル」のことを前に書きましたね。

その他、若い頃だと、社内行事の開始待ちの間に、さりげなく好きな音楽をBGMに流すなんてやりましたね。
そういえば、特殊暴力対策と称して、「マル査の女」のビデオを見る会を催したこともあります。


広報をやっているときは、ラジオCMスポットを作ることになり、オペラネタを自分で企画しました。
劇場の音と空調の音をひっかけたネタを思いつき、コピーライターに形にしてもらいました。

有名歌劇場の引っ越し公演が来るようになって、3大テノールも有名になった頃です。
また佐藤しのぶさんがスターになり、テレビでもオペラが中継されるようになってきました。

そんなことで、まだ趣味とは言えないまでも、私もオペラに少し興味を持ち始めていたのです。

企画のために、CDを借りて聞きまくりました。
そこから次第に生を見るようになり、趣味に昇格していきました。


色々見たり聞いたりしてきたことが、自分の厚みにつながったかなと思っています。
世の中を見る目線も、ちょっとは広くなったでしょう。

昔は、仕事を趣味にして、自分の時間を持たず、とにかく長時間働くことが善であると考えている人が多かったようです。
それも生き方だとは思いますが、少なくとも私の場合、ビジネス生活がそれなりに楽しかったのは趣味のおかげがあったと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-05-28 23:07 | マネジメントのアイデア

フロンティアはどこに

私の育った頃、つまり約半世紀前と、今と、時代の感覚をくらべてみました。
あくまでも、私の主観的な感覚ですが。

昔:
みんな貧しい
何もないところから
成長や発展の可能性を信じる空気
将来への期待感のある社会
右肩上がり
型はめ教育
上下に共通言語

今:
みんなそこそこ裕福
何でもあるところから
この先はどこへ行けるのか、先が見えない不安な空気
限界感と閉塞感のある社会
右肩下がり
望むなら多様な教育
上下にコミュニケーション不全

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色々手に入れてしまっただけに、時代が弱気になっているように感じます。

昔は、炭鉱などでたくさんの人が亡くなったし、ストライキは毎年ありました。
時代の役割を終えた産業からはたくさんの失業者が生まれました。
社会問題としては、今のリストラや派遣切りどころの話ではないのです。

それでも、一方で「作る」ことが価値で、新しい産業がたくさん生まれました。
失業対策だって、道を「作る」ことでした。

何よりも、漠然とした明るさがありました。
発展とか発達は、無批判に信じられていましたから。

人は新しいことに取り組み何かを生み出すことで、喜びを感じるし、安心もするのでしょう。
だから、フロンティアをさがしては、克服してきたのです。
それは、かつては地域的なものであり、少し前までは産業領域。

今の不安感は、もしかしたら物事が生活実感を超えてしまったことからくるのかもしれません。
ざっと眺めても、何でもある。昔のような量的増がいらないことは誰でもわかります。

経済活動は地球規模に広がったために、実感として見えないだけでなく、その見えないところから災いが時々押し寄せてきます。
何よりも、地球自体が限界に達したと騒がれているわけですからね。

次のフロンティアは何か。
今までとは違う別次元でなければなりませんが、さあそれが何なのか、誰も示せないのですね。
ただ私は、少なくとも、発達とか、人間の可能性だけは信じたいと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-05-26 10:42 | 見て聞いて考えた

むかーし、あったんだどー 72 おひつ

お釜でご飯を炊いたら、それをおひつに移して保存します。
今これに近いことをしているのは、寿司屋だけでしょうね。

寿司屋では、たらいのような、口径の大きい桶に入れます。
これは酢を混ぜたりする都合でしょうか。

家庭にあったのは、もう少し細長い、口径30センチぐらいものです。
ちなみに、わが家では「おはち」と言っていました。

お釜にそのまま入れておくよりも、木製の容器に移すことで、保温性もよくなりますし、余計な水分がとれておいしくなるわけです。
寒い地方では、このおひつを、籐などで編んだこんもりした容器の中に埋めます。

しかしなんと言っても、ご飯を移すとか、おひつを洗って干すなど、手間は増えるわけです。
そのせいか、わが家でも、使っていたのは5歳ぐらいまででした。

その後、ご飯を温かく保存しておく役割は、ジャーになり、電子ジャーになり、今は炊飯器がそのままジャーになっています。

我が家では、冷やご飯は蒸し器にかけて食べるというスタイルでしたので、ジャーのご飯というものは食べたことがありませんでした。
大学に入って初めて、下宿でジャーのご飯を食べたのですが、その臭さに閉口し、どうしても少ししか食べられませんでした。

しばらくして、その家で電子ジャーに買い替えましたら、今度は普通に食べられるようになり、それまで小食と思われていたので、変な顔をされました。
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by 50TEMPEST | 2009-05-24 18:42 | むかーし、あったんだどー

ウィーク・タイ

昨夜のNHK-TV「ITホワイトボックス」で、ブログの説明をしていました。
ブログ元年は2004年。ちょうど私もそこで始めたのでした。


ウィーク・タイという言葉があるのだそうです。

トラックバックでつながるような関係。
つまり、直接の関係性は弱いが、考えていることなどは知っているという関係です。

これ、とてもわかります。ブログの味ですよね。

私が朗読を始めたのは、このブログに初めてトラックバックしてくれた方がたまたま朗読家で、教室を始めたからです。

やるかどうかの判断は、ブログ記事がものを言いました。
朗読という未知の世界の扉をたたくことに迷いながらも、ブログを通して、自分と似た感性や思考をお持ちの方だなと思ったので、思い切って飛び込めたのです。


2004年からしばらくは、意識の高いブロガーが多く、トラックバックもコメントも、双方向の感じがあってよかったと思います。
残念ながら、最近のトラックバックは宣伝ものばかり。迷惑トラバも多いです。

ゴミが多いと、フェンスも高くなってしまって、本来の交流はますます低調になる感じです。
かつて、「9.11」をきっかけに盛り上がったというトラックバックのコミュニケーション伝説はいまいずこ。
とても残念に思っています。
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by 50TEMPEST | 2009-05-22 17:42 | 見て聞いて考えた

ふくらませていいのは夢

私の目にふれた名言です。


 夢はふくらむほど、実現へのエネルギーが高まる



※ある方とお話ししていて出てきた言葉です。私よりも人生の先輩なのですが、頭の柔らかさと若さにはいつも舌を巻かされます。
前に、心配事は風船のようにいくらでもふくらむと書きましたが、夢はいくらふくらませていいのですね。
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by 50TEMPEST | 2009-05-21 17:33 | どこかで知った名言・至言

ファシリテーションに活かすTA

会議などの場面でのファシリテーションで、心理学をどう使えるか考えてみましょう。

私は、事象を見るときのフレームに心理学を使うとよいというのが持論です。
そのうちで、TAは図式化にすぐれていて、使いやすいと思っています。

フレームを当てて見ることで、全体像を見極め、要素間の関係をわかりやすく整理できるわけです。

人間関係でのやりとりでは、自分自身にも何かの感情がわきますから、何が起きているのかなかなか見極めにくいものです。
そんなとき、フレームを通して状況を整理でき、冷静に手当ができます。


●まずは、場の中で、メンバーが今どんな感情でいるかを知る
 ⇒その人の今の「自我状態」を、外見や発言から見つける

●議論が進む段階では、どんな交流が起きているかを知る
 ⇒「対話分析」の図式で、やりとりはどんなベクトルで交わされているかつかむ

●高い視点から、話し合いの各段階を促進する
 ⇒ファシリテーターからの働きかけ(ストローク)によって、望ましい方向に伸ばす

●対立場面で、発言者の意図を傾聴する(TAというよりカウンセリング)
 ⇒何を言おうとしているのかじっくり聴き、真意を聞き取るとともに、発言者の沈静化を促す

●全体として、自分の状態を知る
 ⇒冷静な「アダルト」を基本に、自分を場に応じた自我状態に保ち、適切な働きかけを選ぶ


人間関係は相互性であり、ちょっとしたやりとりの食い違いで、さまざまな感情が起こりえます。

ボタンの掛け違いで冷たいものになりやすい半面、ちょっとした温かい気配りの言葉や行動で、居心地のいい場、生産性の高い場にもなります。

また過去の思いをひきずっていて、何かをきっかけにそれを再現してしまうようなこともあるでしょう。

ファシリテーターにとって、話し合いを生産的にするために、TAを中心とした心理学の素養やカウンセリングのスキルは役に立つと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-05-20 11:25 | ファシリテーション

時間の流れをどうとらえるか

時間の「流れ」は見えません。
でも時間は常に経過しています。

それを「流れ」と言った段階で、すでにひとつの比喩(メタファー)です。
水の流れのイメージを使って、視覚的に頭に浮かべられるように構造を与えているのですね。

年、月、日、時、分、秒といった一定の長さの単位で区切って、カレンダーを作ることも、人同士がともに時間を扱えるようにするための構造化の営みです。

音楽というものも、そうした延長線で考えられますね。
リズムとスピードの掛け合わせで時間に構造を与えて、楽しみの対象にしたと言えるでしょう。

交流分析には、自分の存在を確認できる刺激であるストロークの強弱を物差しにして、時間を構造化するという理論があります。


暦のような、普遍性を前提とした構造化の一方で、自分だけの構造化のしかたがあってもいいでしょう。

もっとも普遍性とは言っても、私たちが当然のように使っている太陽暦の時間の単位だって、我が国で使われるようになってまだほんの150年ぐらいのものです。
浅田次郎の短編「遠い砲音」に、時計を使って動きを合わせることに四苦八苦する兵隊さんが登場します。

古代の南米には常識的な人智を超えた暦を持つ民族がいたという話もありますね。


さて人は、常に流れる時間の、あるひとときに生を受け、何十年かの後に死にます。
その間を、自分なりの何か区切りのつけ方を見つけると、落ち着けると思います。

その区切りのつけ方とは、自分はこう生きるのだ(またはこう生きたのだ)という、哲学的なものになるのでしょう。
「こう生きる」というのは、つまり「こう時間を消化する」のだということなのですから。

その区切りとは何か。どんなものが考えられるか。
私にもまだはっきりとは言えません。

たとえば、「こんなことで時間を無駄にした」などとよく思いますね。
それをヒントにするとしたら、「何を生み出したか、あるいは何を生み出そうとしたか」によって構造化することもできそうに思います。


また人間は自分の人生に意味付けをしようとします。
ふりかえって、そこにひとつの物語を読み取ったりします。

それもひとつの構造化と言っていいのでしょう。
人間は構造化したがる、そうしなければ落ち着かない動物なのです。


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パソコンの不調でハードディスクを交換したため、しばらく更新がままなりませんでした。
セットアップという作業も、ずいぶん時間がかかるものですね。
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by 50TEMPEST | 2009-05-17 18:26 | 見て聞いて考えた

ベー・チェチョルのリサイタル

13日に、ベー・チェチョルさんのリサイタルを聴いてきました。

かつて「アジア1」とうたわれた、すごいテノールです。
甲状腺がんの手術で、声を出すことにかかわる神経を切断、その後日本で再生手術を受けました。

手術の成果と、リハビリの努力で、人前で歌えるレベルになりました。
かつてのような迫力の声は出ませんが、歌えるようになっただけですごいことなのです。

まだ声帯は半分しか動いていないそうです。
しかし、それでも観客を感動させるには十分でした。

それでも、ていねいに、ていねいに生み出される声。
かつての声量を生み出す土台となった「身体」という楽器も、うまく使っています。

宗教曲を中心にしたレパートリーでした。
比較的短く物静かな曲ばかりなので、構成としては山が低い感じ。
しかしアンコールの最後、「輝く日を仰ぐとき」の美しいメロディが流れると、場内の空気が変わりました。

まず韓国語で。韓国系の皆さんに、かすかなジワが。
次に日本語で。日本人たちにも、感動のため息が。

私は思わず涙を流していました。
絶望の淵から立ち上がっただろう彼の、気持ちの上でも、実際上も、深いところから紡ぎだされる声が、場内に何とも言えない共感を生んだのだと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-05-16 18:39 | 歌舞伎,オペラ

確かな1歩の積み重ねでしか

イチローが語ります。


 「確かな1歩の積み重ねでしか、遠くへは行けない」

                           NTT東日本
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by 50TEMPEST | 2009-05-14 23:00 | TVコマーシャルからヒント

ファシリテーションフォーラムがあります

日本ファシリテーション協会の『ファシリテーション・フォーラム2009』が開催されます。

私が加入したのは5年くらい前になります。
ファシリテーションという言葉も、だいぶ普及はしてきましたが、まだまだです。

部門やチームのメンバーの自発性を喚起したいという問題意識をおもちのかたは、ぜひのぞいてみてください。

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●ファシリテーション・フォーラム2009
  ~ 多様な 人・組織・ファシリテーション と出会い、響きあう。

 日時 2009年5月23日 13:30~19:30
            24日  9:30~17:00

 場所 東京国際交流館 プラザ平成

 内容 ファシリテーション関係の各種ワークショップがもりだくさん!

     どなたでも参加できます。

 料金 一般の方  1日分5000円
     一般の学生 1日分2500円 

     これでワークショップふたつ分

     お求めは、コンビニのローソンで。
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by 50TEMPEST | 2009-05-11 15:57 | ファシリテーション