ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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人事の本質

人事の仕事をしている知人と話していて、「人事の本質は何か」という話になりました。
管理か、社内顧客へのサービスか、ということです。

その場の人は皆、一も二もなく、社内顧客へのサービスだという意見で、私としてはちょっととまどいました。
というのは、自分が人事屋時代にどう考えていたか、単純に言えなかったからです。

管理としか考えなかったというわけではありません。
でも、そんな割り切った考え方もしていなかった。

私は、社員が気持よく帰属意識を持って働ける、そんな仕組みを作って回すことを自分の任務と考えていたと思います。
しかし、社内顧客へのサービスとまでは言い切れません。
コストなど、バランスをコントロールしていくべき要素はたくさんありますから。

それは管理といえば管理かもしれない。
何事も広い意味ではサービス業だは思いますが。

この議論は、物を考えるときの立ち位置として、経営側に立つか社員側に立つかということでしょう。
または、目線が上からか下からか。

これは個人の哲学の問題です。

しかし、同時に企業風土にも大きく関わることだと思います。
ということは、たどればトップの「人」に関する哲学に行き着きますね。

私の育った会社は、どちらかと言えば「右向け右」の得意な会社でした。
それで発揮される力と一体感はすごい強みです。

自分がぶれていたとは思いません。
そうした会社では、表記のような問題は生まれる余地がなかったのかもしれません。
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by 50TEMPEST | 2009-06-30 11:27 | 人事と給与

むかーし、あったんだどー 74 特券

競馬場でしたバイトの話の続きです。

1年は薄紙の馬券を打ち抜く仕事でした。

2年目に販売機が来ました。
私は販売窓口に回されました。
おばさんと、ふたりで1台を担当するのです。

このときにどの枠でもひとつの窓口で買えるようになったのだと思います。
その前は、枠ごとに窓口が設定されたので、お客は、買いたい枠の窓口に行くことになります。
流しでたくさんの枠を買う人などは、端から端まで動き回らなければなりませんでした。


しかし、この段階では、まだ普通券の窓口と特券の窓口は別でした。
特券というのは、1000円券です。

1枚だけ買う人ばかりではありません。
お客は、何々を何枚、何々を何枚という具合に窓口で言い、こちらはその分の馬券を打ち出して、お金と引き換えるシステムでした。

売った内容を連絡した記憶はないので、それは自動的にコンピュータに送られていたのだと思います。

しかし、扱う側にとっては、この機械はまことに始末に負えないものでした。
売りたい枚数をデジタルで入れるのではなく、枚数分吐き出すまでボタンを押し続けなければいけないのです。

まず、朝に大きなロール紙をセットしておきます。
馬券模様が印刷されたリボン状の厚紙が直径30センチほどに巻かれたものです。

販売するとなると、2-3のように、売る枠のふたつの数字のボタンを押します。
そして発行ボタンを押します。

シュッ、シュッと印字された馬券が出てきます。
正しい枚数か数えて、お客に渡します。

ところが、ボタンに遊びがあるのです。
機械の中で紙が引っ張られ、大きなロールがぐるんぐるん回って印字されるので、早く手を離せば足りないし、押しすぎると余分に出てしまいます。

しかも朝に操作を教わって、即ぶっつけ本番ですから…。


百万円の束を出されることは珍しくありません。
しかも、締め切り時間に近いと、ホントに緊張しますよ。

一度、高額のお客の馬券を打ち出して、1枚足りず、さらに出そうとしたら、時間で機械が止まってしまったことがあり、この時はあせりました。

額面は1000円でも、額面どおりの話ではないのです。
「時間で機会が止まってしまいましたので、ちょっとお待ちください」
「じゃあ、いいよ」にはならないのです。

こんなことになるなんて聞いてません。
雰囲気を察して上司が飛んできて、しばらくしてどこかで作って持ってきてくれました。

その間が長いこと。
「どうしてくれるんだ」と言わぬばかりのお客と、窓を隔てて対峙していました。

さて、そうなるとその1枚の結果が気になりますね。
結局、入らなかったのですが、ペアのおばさんと思わず顔を見合わせました。

東京にはもっといい機械が入って、お下がりが函館に来たのだという噂でした。
おそらく時ならずして、人間が中で売ること自体、なくなってしまったのでしょうが。

アナログとデジタルの過渡期ならではの経験でした。
また、札束をポンポン賭ける人、チラリと見かけるタレントの姿など、このバイトでは世の中の一端を見た気がしました。
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by 50TEMPEST | 2009-06-29 11:58 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 73 手売りの馬券

競馬の馬券、正確には勝馬投票券でしょうか、を買ったことはありません。
でも、作ったことなら、競馬場のバイトであります。

今は自販機だし、特券で何枚などと言っても1枚にその額がプリントされているだけだそうですね。
昔は違いました。
窓口で、おばさんたちが普通券100円相当と特券1000円相当を、金額分の枚数で売りました。

男子学生は少ないのですが、最初にやらされたのは、薄い紙の馬券を作る係でした。
重たい箱を運ぶので、男の仕事だったのです。

朝、100枚が一方だけ閉じられた回数券のような冊子を倉庫から持ってきます。
先輩のバイトが、競馬新聞を見ながら、レースごとに作る冊数を決めます。

冊子のままでは汎用です。
それにミシン穴で枠順を打ち込むのが仕事です。
たとえば、第1レースでは3-5を10冊といった具合。

枠順を打ちこまれた冊子は、各窓口に配られます。
人気の枠はたくさん買いに来るので窓口も増えます。
それぞれの窓口に必要十分な冊数をあらかじめ配置するわけです。

不足をきたさないように、無駄に作らないように、そのあたりの読みが必要です。
バイトしている者は馬券を買ってはいけないのですが、それまでに買っていたような人でないと、加減はむずかしいと思いました。

それでも窓口で足りなくなることがある。
そうなると、急いで作らなければなりませんが、受付時間内に作る必要があるので大変でした。

1冊を一度では打ち抜けません。
慣れないうちは、4分の1ずつ、4回で打ちます。
両手でそっと機械に入れていき、奥のスイッチに当たると、打ち込む刃がガッコンと下りてきます。

慣れてくると3回でできます。
ベテランは、紙を捌きつつ、片手だけできっちり3回で打ち抜きます。
あざやかなものでした。

窓口では、1枚買う人も、札束を突き出す人もいます。
その枚数分数えて切り取り、渡します。

それなりに紙質も研究はされてるのでしょうが、重ねて枠順を打ちぬいていますので、けっこうひっかかります。間違えて余分に渡したりしたら大変。
指サックをはめたり、当時はメクールなんものができていたので、それをつけたり、神経を使って売るのです。

受付時間がきて窓が閉まると、売れた枚数を次の係に報告します。
そこには算盤の得意なおばさんがたくさんいて、たちまちお金と数字を集計します。
それをまた主任たちが中央に持ち寄ります。

レースが終わると、結果とオッズで、たちまち配当が計算されます。

レースが進行している裏では、そんな修羅場が進行していたのです。
人手だけで、すばやい処理ができていたのですから、今思えばすごいものでした。


さて、私がそれをやった翌年、販売機がやってきました。
そのお話は次回…。
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by 50TEMPEST | 2009-06-26 14:48 | むかーし、あったんだどー

イヤイヤやったらレイバー

私の目にふれた名言です。


◎ イヤイヤやったらレイバー

    普通にやったらジョブ

     ニコニコやったらワーク

      わくわくやったらプレイ



※「7日間で人生を変える魔法の習慣」佐藤伝著に出てくる言葉です。
仕事でやらなければいけないことは、どうしたってやらなければいけないのです。であるなら、イヤイヤやるのと楽しんでやるのとでは大きな違い。仕事の品質はもちろんですが、自分の気持ちの柔らかさが変わりますね。血管に脂がへばりつくと、時間がたつうちに動脈硬化になってきます。同じように、イヤイヤ仕事は心を動脈硬化にしてしまうのですね。
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by 50TEMPEST | 2009-06-23 07:53 | どこかで知った名言・至言

自分に見切りをつけるのは自分

私の目にふれた名言です。


  ◎自分に見切りをつけるのは、結局自分だ


※吉本誠一先生から聞いたのではないかと思います。自分の能力をあきらめてしまうのは、結局自分なのだということです。しかし、自分こそ信じないで、誰が信じてくれるでしょう。誰かそばにいて励ましてくれるなら幸せですが、それは稀有なことです。
自分を信じて一歩踏み出していると、セレンディピティが起こるかもしれません。地道にクラゲを集めて発光を調べていた下村先生だって、その仕組みが医学に活用されてノーベル賞受賞につながるなんて、夢見てはいなかったのです。
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by 50TEMPEST | 2009-06-22 07:13 | どこかで知った名言・至言

自分の最良のコーチは自分である

私の目にふれた名言です。


  ◎自分の最良のコーチは自分である

※今大活躍の勝間和代さんの言葉です。自分以外の人の言うことを聞いて学ぶことはよいことではありますが、うのみにするのは善し悪しです。まして、依存してしまうと、うまくいかなかったとき、問題が起こりますね。結局は自分で考えてコントロールすることが必要なわけです。
とはいえ、自分の中のコーチも育てていく必要があるでしょうね。





 
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by 50TEMPEST | 2009-06-21 12:02 | どこかで知った名言・至言

失敗と書いて成長と読む

私の目にふれた名言です。


  ◎「失敗」と書いて「成長」と読む


※野村監督の言葉です。野村再生工場と言われ、多くの人を育てる中で、端的な表現が養われたのでしょうね。失敗を恐れては、成長はしないのですね。
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by 50TEMPEST | 2009-06-20 07:54 | どこかで知った名言・至言

鳩○さんになっていませんか?ダブルバインド

ある親会社に子会社があり、この子会社NY社は、近いうちに株式上場をめざしているとします。
その社長であるN氏は、そのために他からスカウトされた人です。

親会社の関連会社部長であるH氏は、N氏が打ち出した施設リストラ案に拒否権を発動しました。
なんでそんなに安く、まとめ売りをしなければならないのか、というわけです。

続いて、社屋建設計画にも見直しを指示しました。
文化財的価値がある旧社屋の大半を壊すような案はまかりならぬ、というわけです。

N氏の任期満了にともない、子会社は再任しようとしました。
本来の任務は途上ですから当然なのですが、これにもH氏は、これまでの責任を追及すべきとして公然と反対を表明しました。再任も認めないというのです。

事ここに至って、親会社の社長が事態収拾に乗り出し、H氏のほうが解任されてしまいました。


H氏は、世間の支持が自分にあると思ったのでしょう。
政策的判断の是非はさておき、自分が発しているメッセージに気付かず、その効果に酔ったのではないかと思います。

つまり、彼の発しているメッセージは「するな」ですね。

任せた人間に、一方で「やれ」と言っておいて、ドラスティックな施策案をまとめると、「やるな」と言うのです。
まさにダブルバインド(二重拘束)です。
それでいて、NOにした結果の財政的な影響については、何をしてくれるわけではないのです。

仮に、N氏の再任にも拒否権を発動したとしましょう。
次の人はどんなメッセージを受け取るでしょうか。

「機嫌をとれ」かもしれませんね。

自分の意に沿わないと、ひっくり返すばかりか、クビにするのです。
暴君のもとに、たいこもちか能吏ばかり生まれることが多いのは、そんなせいかと思います。

そんなうっとおしい役を引き受ける人がいたかどうか。
いたとしても、ちゃんと仕事をしたかどうか。


H氏は、もしかしたらそんな育てられ方をしたのかもしれません。
親から「自分で考えてやりなさい」と言われ、自分なりにやってみたら、「何をやってるんだ!」と頭から叱られたとか・・・。
おそらく親の、そのスタイルをコピーして身につけているのでしょう。


ごたごたのさ中に、H氏が「わかりあえるよな」とN氏に握手を求めた場面がありました。
N氏は固い顔で握手はしましたが、当然気持ちは通っていませんでしたね。

再任しないと公言したその口で、そんな「上から目線」で握手と言ってもねえ。
N氏のほうは、「自分は与えられた任務を遂行するまで」と、筋論を盾にとっていました。
まさに交差交流のシーンでした。


さて、皆さん自身、また皆さんの会社では、このお話のH氏みたいになっていませんか?


※このストーりーは、交流分析の説明のためのフィクションです。
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by 50TEMPEST | 2009-06-19 07:54 | 日々の交流分析

「らしさ」を信じてフォローの風を

ピアニスト、辻井伸行さんが、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールに優勝しました。

日本でこれほど騒がれるのは、どうしても「盲目の」という形容詞がついてしまうからでしょう。

しかし、演奏が世界で認められたということこそ重要。動かない事実。

彼が幼いときに見せた才能のきらめきを、お母さんが信じて突き進んだこともすばらしいと思います。

親のできることは、「らしさ」を信じてフォローの風を吹かせることだそうです。

ちょっとピアノを習わせる親はたくさんいます。

彼女が違ったのは、信じきったことなのでしょう。

そこで、ストロークが絶対的なものか、条件付きのものか違いが出たのだと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-06-18 12:52 | 日々の交流分析

インストラクター講座受講中

交流分析(TA)のインストラクター養成講座を受講中です。
教えることを仕事として専業にする上で、自分のアイデンティティをしっかりさせようと思ったのです。

合格すれば、交流分析講座ですよ、といって教えることができるようになります。

教えるという観点から、久し振りにいろいろレクチャーを受けると、新たな気づきがあります。

熱心な方たちが、学びに来られています。
皆さん、近年勉強を始めて、順調にステップを踏んでこられた方たちです。

インストラクター養成を2クラス並行開催する必要があるとは、日本交流分析協会としてもけっこうなことだと思います。
私が学び始めたころは、1級コースでさえ、小人数でこじんまりでした。

交流分析は、人間尊重の哲学を持っているところが好きです。
けっこう骨っぽいのです。
なんと言っても、「過去と他人は変えられない」とくるのですから。

裾野が広がって、交流分析マインドの人が増えるとすばらしいと思います。
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by 50TEMPEST | 2009-06-17 09:40 | 日々の交流分析