ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

igarashi.exblog.jp
ブログトップ

<   2010年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

電気屋さんが消えた

家電販売の業界は激動ですね。

西新宿で覇を競ったS屋さんは完全になくなりました。
秋葉原で何本かの指にはいっていたL社は中国資本になって、中国人観光客を集めています。
T電機も、社名はあるものの大手量販店の傘下にはいってしまいました。

有楽町のデパートがBカメラになって久しいですが、今度は銀座側のデパートが撤退の予定で、後のテナントに取りざたされるのは、やはり大手家電量販店です。


それはいいのですが、郷里の函館に帰ると、こちらでは家電の入手がけっこう大変です。
地方は、どこも似たようなものでしょうね。

先日、電話機の調子が悪いというので、町に出たついでに買い替えようとしたら、昔あった家電の販売店が、町の中心部からすっかり姿を消しているのです。
量販店の大店舗ができて、それはみな郊外なのだといいます。

たかだか10000円ぐらいのものを買うのに、車で出掛けなくてはならず、私の家は車を持っていないので、タクシーなど使うとしたら商品より高くついてしまいます。

一計を案じて、東京のカミさんに連絡して、Yカメラの通販から送ってもらいました。
これで送り賃もかからず、翌々日には到着です。

わざわざ東京経由にしたほうが安い。
これはどう考えればいいのでしょうね。


とりあえず、この件は解決ですが、高齢者しかいない家だと、結線やら設定やらが必要な機械はたいへんだと思いました。
それどころか、蛍光管のとりかえだけだって大仕事です。

かつて家電は生活水準向上のシンボルでした。
新しく提案されるものは、便利さと引き換えに、高くもあった。
でもそれだけ売れたし、どこの町にも電気屋さんのお店があって、据え付けからすべてやってくれたものです。

今、どちらの町でも、電気屋さんはほとんど見かけません。
パナソニック系のお店だけが、ポチポチ残っているのは大したものです。

ある時代、地方都市でも、安さを求めて、車で量販店に出かけたことがありました。
今ふと気づいて足元を見ると、ほんのささやかな要素で、便利さが享受できないことになりかねないのだと、そらおそろしく思います。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-28 10:50 | 見て聞いて考えた

浅田真央さん残念

バンクーバーオリンピック、女子フィギュアスケートのフリーの中継は、ちょうど家にいた時間だったので、見ることができました。
真央ちゃん残念。
自分の中での納得感はなかったでしょうが、すばらしい結果でした。

しかし、入賞者のうち、アジア系の選手が5人も。
しかも日本選手が3人とも入賞なんて、時代は変わったものです。

我が家でフィギュアを見始めたのは、カテリーナ・ビット選手が活躍していた時代。
申し訳ないが、日本選手は出てきただけで何割か損をしていました。

フィギュアは、寒いところで、固い氷の上を跳んだり跳ねたりするのですから、体にいいわけはないと思うのです。
「スポーツは体に悪い」は私の持論ですが、フィギュア競技をテレビで見ていて、いつも頭のどこかで「体に悪いなあ」と感じるのです。
それに、選手が一生懸命曲芸じみたことをやって、こけるのを見るのも、まことに痛々しい。

しかし、それにしてもキム・ヨナ選手の演技は完ぺきでしたね。
私が「体に悪いなあ」とまったく感じなかった、はじめての演技といっていいでしょう。

ジャンプも単なるジャンプではなく、流れの中で必然性を持って表現になっていた。
リラックスした表情で、高度なことをさりげなく演じ切っていた。

これはもう、点数がどうとかを超えていました。
美を競う競技とは、こういうものなのだという気がしました。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-27 11:41 | 見て聞いて考えた

名刺交換はアイスブレイク

ビジネス人なら、名刺交換をしたことがありますね。

我々がいつもやっている名刺交換は、他の国ではやっていない日本独特の物だと聞いたことがあります。

でも名刺交換のおかげで、どんなエラい人とも話すきっかけがつくし、どんな怖そうな顔をしている相手とも、次の一言がかわせるようになります。

そう考えると、名刺交換はアイスブレイクだと言えそうです。
とすれば、積極的に活用すべきですね。

フリーで仕事をしている人たちと付き合うようになったとき、彼らが自分の名刺をしっかり見てもらうために、あれこれ工夫していることを知りました。

自分の名刺の裏を見てもらうために、いただいた相手の名刺の裏に目をやるなんてこともします。
毎月少しずつ変えて、集めてもらうようにしている方もありました。
さすがと思いました。

名刺は分身だなんて言っている割には、会社人間の名刺はつまらない。
あまり伝わってきません。

名刺交換をアイスブレイクとして活用するには、めずらしい名前だとか、会社の事業だとか、とにかくそこから楽しい話題の展開ができるようヒキダシを作っておくといいですね。
自分の名刺が、会社お仕着せの無味乾燥のものなら、なおのこと色々手を考えておく必要があると思います。

名刺に限らず、関係作りのステップに使えることは何かありそうです。
要は、それを意図的に使うという発想です。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-21 15:09 | 見て聞いて考えた

仕事のやりがいとは

何人かで、「仕事のやりがい」とは何なのか、話す機会がありました。

こういう明確な答のない問いを考える機会はあまりありません。
それを顔を突き合わせて、ああでもない、こうでもないと話し合うのは、かなり頭の体操です。

話し合っているうちに、私はこう考えつきました。


【仕事のやりがいとは、「成長感」である。】

人は行動します。
行動して、感触を得ずにはいられない動物です。

その行動の多くは仕事です。
仕事からは、結果が生まれます。
それは、感触として自分に返ってきます。

その感触が、自分の価値観にとってプラスと感じられれば、それが成長ということです。
その経験をとりこむことで、思考・感情・行動のパターンがふえます。
自分は成長し、それと同時に価値観も成長します。

その営みは、自分が求める限り未来永劫繰り返されます。
成長は、完成のないオンゴーイングなプロセスです。
仕事をし続ける過程にこそ、やりがいは得られるのです。


では、どんなことが価値観にとってプラスに感じられるのか。
人によって価値観は多様ですから、どんなことをすれば「やりがい」を感じるのか、個々にはいろいろです。

しかし、大きくくくれば、それは「生きるために役立つ」ことでしょう。
一個の生物として、たとえばうまく獲物を捕る、元気ですごす、などにつながること。

その中には、「群れの一員として貢献する」こと、も含まれるはずです。
協力すればマンモスも倒せ、そのおかげで群れは栄えるでしょうから。
それも究極的には「生きるために役立つ」ことです。

現代の日常においては、学び、人の役に立つということが、やりがいを得る切り口ということになるでしょう。

ところで、自分の恩恵を受けた人を作ることは、自分の足跡を残すことでもあるわけです。
それはさらに、自分が、生物としての寿命を超えた長い命を持つことにもつながるのです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-19 10:57 | 見て聞いて考えた

「インビクタス~負けざる者たち」 見てきました

インビクタス~負けざる者たち」 見てきました。
ラグビーファンなら、絶対見なくちゃね。

南アフリカでのワールドカップ、これはジャパンがニュージーランド(オールブラックス)に国際試合の最多得点記録を作られた大会なので、記憶の彼方に押し込めていたのですが。
そうです。色々印象的な大会でもあったのです。

実際のネルソン・マンデラ大統領自身が、どれだけ劇中のような動きをしたのか、それはわかりませんが、映画ではモーガン・フリーマン扮する大統領の政治的、人間的なすばらしさが光ります。
私などは、もうこのあたりでウルウル。

南アフリカと言えば、人種差別。アパルトヘイトが代名詞でした。
国際社会からつまはじきされていました。

それが今、アフリカでうまくいっている国になり得ているのは、白人政権が倒れた後の、マンデラさんはじめ、指導者たちがうまくやってきたから。それは間違いないでしょう。
指導者個人の利権追求だの、部族間対立だの、メタメタになっている国は枚挙のいとまがないのです。


あの大会の少し前までは、南アフリカ(スプリングボクス)は国際試合から干されていたので、体は大きいが実力は未知数と言われていました。
また、フランソワ・ピナール主将のキャプテンシーは評価されていたと思います。

しかし、何といってもオールブラックスにはジョナ・ロムーがいました。
あんなでかいウィングはあり得なかった。

テレビで見た決勝の緊迫感は覚えています。
地道にガツガツ防御しあって、点の入らない、ある意味ではおもしろくない試合でした。

タイムアップでも同点。そして、決勝ならではの延長戦。
互いに最少得点を取り、時間はなくなっていく…。
そんな中、ドロップゴールで決まるとは…。

ドロップゴールという点の取り方もあるのだ、と思いださせてくれた試合でもありました。
次の大会でも、イングランドがドロップゴールで決めましたね。

そうだった、そうだった、と色々思いだしました。
スタンドオフのストランスキー、スクラムハーフはファンデルベストハイゼン、黒人ウィングのチェスター・ウィリアムス。
ラグビーファンは、倍楽しめますね。

できすぎの映画?
とんでもない。事実は小説よりおもしろい。
こんなことが実際に起こるから人生は楽しいのです。

-----------------------------------------------

私を覆う漆黒の闇
鉄格子にひそむ奈落の闇
私はあらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ血を流しても
決して屈服しない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ恐れはしない

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと
私が我が運命の支配者
私が魂の指揮官

Invictus ~wikipediaから引用

Out of the night that covers me,
Black as the pit from pole to pole,
I thank whatever gods may be
For my unconquerable soul.

In the fell clutch of circumstance
I have not winced nor cried aloud.
Under the bludgeonings of chance
My head is bloody, but unbowed.

Beyond this place of wrath and tears
Looms but the Horror of the shade,
And yet the menace of the years
Finds and shall find me unafraid.

It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll,
I am the master of my fate:
I am the captain of my soul.


最後の行は、「魂の指揮官」とされていますが、captain なのですね。
進むべき方向を決める人というニュアンスですかね。

私なら、「わが魂の船長」でしょうかねえ…。

とはいえ、ラグビーの話に引用してきたわけですから、
チームの主将とイメージを重ねたいところです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-15 11:15 | 見て聞いて考えた

マネジメントのアイデア10 失敗で名をあげる

サラリーマン時代、あれこれ考えてやってきました。
ふりかえって、ヒントをさぐってみましょう。


◎失敗で名をあげる

やらかした失敗は数々ありますが、金額の上で最大の失敗は、広報担当時代のことです。
創立記念日に、全国主要新聞に、1ページ全面カラー広告を出そうと企画しました。

基本的に広告を出さない会社でしたが、あの頃は少し気前がよかった。
リクルート面で、企業として認知を上げなければという課題もありました。

全国主要紙というと、A,Y,M,Nです。
しかし、全部やるには予算が足りませんでした。

YかMどちらを削るか迷い、Mをあきらめました。
M社が、自社の大阪支社のクライアントであることは一応知っていました。
4紙がそろわないのは残念ですが、部数を可能な限り最大にしたかったのです。

A,Y,N紙の案で稟議を上げてみて、チェックがはいったら考えなおそうと姑息なことを考えたところ、そのまま通ってしまいました。
手配は進みました。

掲載当日、ちょっとした達成感に包まれていると、大阪支社長から私に直接、電話が入りました。
「あれは一体何だ」というわけです。

クライアントから呼ばれて、説明を求められたそうです。
寝耳に水とはこのことでしょう。
どんな事態だったか、今なら想像がつきます。

私にとっても、地雷を踏んだというやつです。
甘く見ていました。
「予算がなかったのです」と謝るしかありませんでした。

「よし、わかった。大阪で金は持つから、直近で出せ」の一言。
胸をなでおろしました。

さっそく代理店に手配し、1週間後に掲載されました。
私にとっては、ずれたとはいえ、4紙連動という一大企画が実現しました。


話は数年後です。
私に異動の話が出ました。

行き先は大阪支社。
あのとき迷惑をかけた太っ腹な支社長の下です。
おそらく、「あいつなら」と引き受けてくれたのでしょう。

大阪での経験は、本社のスタッフ部門しか知らなかった私にとって、視野が開いた大きな経験でした。
その後、本社の人事に移りましたが、それも大阪で人事部長に逆らう事件を起こしたことがきっかけです。

そんなふうに自分のキャリアをふりかえると、「あれがあったから、これがあるな」という事件がたくさんあります。
その意味では、思い切り失敗するのも役に立つのだと思います。

もちろん、どちらにころぶかはわかりませんが、失敗を恐れて小さく小さく生きるのも人生、一発やらかしてしまうのも人生。
先の何かへのつながりという長い視点に立てば、失敗で名をあげるのも、おもしろいと思いませんか。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-09 17:41 | マネジメントのアイデア

朗読ボランティア

初めて朗読ボランティアに行ってきました。
朗読の仲間が誘ってくれたのです。

行った先も、知人の所属する会社が経営している「癒しのまくはり館」。
100室以上ある介護付き有料老人ホームです。

「蜘蛛の糸 芥川龍之介」と、私の母のエッセイを読みました。

母のエッセイは、母が時折、思い出話をラジオに投稿しているものの一編です。
年代的に近いので、共感を持っていただけるかな、と選んだのです。

10人ほどの方が、聞いてくださいました。
聞いてくださるお気持ちが、こちらに伝わり、こちらも気持ちよく読むことができました。

スタッフの皆さんも、歓迎してくださいました。
また暇を見てやりたいものです。

父が3か月ほど介護施設にお世話になったことがあり、介護に関わる皆さんにはお役に立ちたいと思っています。
その思いは、母も同じ。
母の書いたもので、皆さんが楽しんでくださるとしたら、親子ともどもうれしいことです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-05 18:47 | 朗読

子規の詩情

正岡子規といえば、
 「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
ですね。

先日、NHK-TVの番組で、おもしろいことを言っていました。

この句を聞く人は、晴れた秋空を想像するが、この句が作られた日は時雨空だった。
⇒当時の奈良地方の気象記録では、そうなのだそうです。

子規が柿を食ったのは、前夜、東大寺の前の宿屋でだった。
⇒そのことは随筆に書かれているのだそうです。
彼は柿が好きで、女中さんのむいてくれた柿を食べている時、東大寺の鐘が鳴ったのだそうですよ。
まあ翌日行った法隆寺のそばでも、食べない限りはありませんが、天気が悪ければ柿どころではないでしょう。

この句には、ヒントになっていそうな他の句がある。
⇒夏目漱石が、「鐘つけば 銀杏散るなり 建長寺」 と詠んでいます。
松山の新聞に投稿されて記録に残っているのです。

もっとも、漱石に俳句を教えたのは子規です。
漱石は松山に教師として奉職中、静養せよと子規を東京から呼び寄せて同居しました。
その間に子規が俳句を教えたわけ。
ふたりは、ともに作り、ともに投稿していたのです。

これらの色々が子規の頭にあって、冒頭の句に結実したといえます。
俳句を作るということは、見たままを言葉にするのではなく、やはり詩の創作なのだ、ということがわかりますね。

「鐘つけば」も悪くないと思うのですが…。
鐘の音が空気を揺らし、黄色く色づいた銀杏の葉をはらはらと散らす。
音も色もありますしね。

「柿食えば」のほうは、のどかさ、静かさ、おだやかさ、気持ちのよさなど、奥に深い詩情が感じられます。
確かに子規が一枚上ということでしょうか。
[PR]
by 50TEMPEST | 2010-02-02 14:56 | 見て聞いて考えた