ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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なぜ構えを確認するのか

人間は、他人との間で、自分の相対的な位置関係を確認したがる、と書きました。

人間とて群れの動物ですから、群れの中で自分がどの位置なのか、その時その時でどう出ることが適当なのか、無意識に確認するのでしょう。
サルの時代から持ち続けた習性なのかもしれません。


生きるスタンスは、自分を肯定しているか、他人を肯定しているか、の2軸で作られる4象限に整理できます。
自己肯定・他者肯定、自己否定・他者肯定、自己肯定・他者否定、自己否定・他者否定です。


そして、あるスタンスが獲得できたら、それを持ち続けます。
それはホメオスタシス(恒常性)と言っていいのだと思います。

つまり、そのスタンスでいる限り安全だと、体が求めるのです。
違うことをすることは、他人との間で軋轢を生む可能性があり、それは生きる上でリスクだと、動物としての性質のレベルで求めてしまうのでしょう。


他のスタンスがあるということ自体、そのままでは気づきませんから、「いつもの姿勢」がずっと持ち続けられるわけです。
そして、他者との接触で得られる感触は、居心地のよい、そのスタンスにいるかどうか確認し、居続けるようにするためのフィードバックとして使われるのです。



人が交流する動機とは
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by 50TEMPEST | 2010-11-24 14:19 | 日々の交流分析

質問・・・あるシンポジウムで

パネルディスカッションの最後、司会者が場内から質問をつのりました。
終了予定まで、あまり時間は残っていません。
「短めにお願いします」とも言っていました。

最初に指名されたのが、年齢お高めの男性。
「某県でカウンセラーをしております、△と申します」、礼儀正しくご挨拶されました。
そこまではよかったのですが・・・。

問題と感じていること、その県の様子、所属団体の取組、・・・・・・、話すわ話すわ。
自説をさんざん述べられた上で、「このあたりについて、〇先生いかがでしょうか」。

このスタイルをどこかで開発されたのでしょうねえ。
きっと国会中継でしょうね。(ルール違反だろう!)


次に指名されたのが、中年女性。
「コミュニケーションなどの講師をしております」とのこと。

元どこやらにお勤めで、壇上の☆先生とのご縁がどうなどという話のあと、
「いくつかあるのですが、ひとつひとつ申し上げたほうがよろしいですか?」
(もう終了時間なのに、そもそも、その時点でルール違反!)

何を聞きたいのか、まとまらないことをいろいろ述べて・・・
(司会者も、要約できずに困っていました)、
結局、壇上のスピーカーの一人である公務員氏に向って、
「これこれのことをご提案したいと思いますが、どんな形でお話申し上げたら・・・」。
(完全に営業じゃないか!)


厚かましいにもほどがあるという人が、ふたりも登場したという次第。
しかもひとりはカウンセラー、ひとりはコミュニケーションの講師ですと!

どちらもコミュニケーションとは何たるか、身についていて当然なのに。
さしもの穏やかな私も、靴でも脱いで投げたくなりました。
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by 50TEMPEST | 2010-11-21 16:45 | 見て聞いて考えた

母の思い出の歌

◎故郷を離るる歌   ( 日本語詞:吉丸一昌 )

園の小百合 なでしこ 垣根の千草
今日は汝(なれ)を眺むる 終わりの日なり
思えば涙 膝を浸す さらばふるさと
さらばふるさと さらばふるさと ふるさとさらば

つくし摘みし 丘べよ やしろの森よ
小鮒釣りし小川よ 柳の土手よ
別るる我を あわれと見よ さらばふるさと
さらばふるさと さらばふるさと ふるさとさらば

ここに立ちて さらばと 別れを告げん
山のかげのふるさと 静かにねむれ
夕日は落ちて たそがれたり さらばふるさと
さらばふるさと さらばふるさと ふるさとさらば



  Der letzte Abend

 Wenn ich an den letzten Abend gedenk,
 Als ich Abschied von dir nahm,
 Wenn ich an den letzten Abend gedenk,
 Als ich Abschied von dir nahm,
 Denn die Sonne scheint nicht mehr,
 Ich muss scheiden von dir,
 Doch mein Herz bleibt stets bei dir.
 Nun, ade, ade, ade!  Nun,ade,ade,ade!
 Nun, ade, Schatz, lebe wohl! 
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by 50TEMPEST | 2010-11-17 19:23 | 朗読

経費節減とモチベーション

景気が悪くなると、よく経費節減が行われます。

出張旅費を削ったり、事務用品の死蔵を出させたり、裏紙を使わせたり、昼休みの照明を消させたり。
私の育った会社でも、これは大好きで、よくやりました。

私は、天気の悪い日の昼休み、真っ暗になったオフィスで、「何だかなあ」といつも思っていました。
ま、おかげで、会社のものは大事にするのだという習慣だけはついたようですが。

こうした、「右向け右」式のキャンペーンは、モチベーションを下げてしまうという観点では、望ましくないと思っています。

社員に、一定範囲の裁量を与え、自発性を醸成することのほうが、大事のはずです。

たとえば事務用品の調達でも、ネット調達のシステムが発達したのは、一定範囲の裁量権、つまりカタログに載っているものは買ってもよいという権限が、担当者に与えられたという面もあると思います。

上から何かを押しつけられると、人はモチベーションが下がり、その力に対して依存するようになります。

それよりは、結果をフィードバックして、望ましいゴールに至る方法は、当人に考えさせるほうが、ずっと人は育つはずです。
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by 50TEMPEST | 2010-11-16 10:16 | 見て聞いて考えた

人が交流する動機とは

欲求について、人間はこんな欲求を持つ存在だという前提を、どの心理学も持っています。

そもそも生物としては、食欲、睡眠欲、性欲が3大欲求だといいますが、このへんは前提のまた前提かも。
他にも欲求はいろいろあるでしょうが、この3つが大きいと言われると、わかった気がします。

マズローの欲求段階説が有名です。
最下層が生存の欲求ですが、もしかしたら、上にあげた3つはそれにあたるのかもしれません。


さて、交流分析では、人が他人と交流するのに3つの動機があると考えます。

①刺激の欲求・・・存在を認められたい
 人は他人からの刺激を求めています。
 刺激を受けることで、自分が生きていると確認しています。
 その刺激をストロークと言いますが、お互いにストロークを交換しているわけです。

②構造化の欲求・・・落ち着いた時間を過ごしたい
 人はカオスの状態に耐えられません。
 何とか安定した形を作ろうとします。
 人間関係においては、ストロークを得やすくなるように、生活時間の枠組みを作ります。

③承認の欲求・・・自己の価値を確かめたい
 人は、相手と自分の相対的な位置関係を意識し、それを確認しようとします。
 居心地のよい位置関係があり、それは常に自分を上に置くものとは限りません。
 たとえ不健康であっても、その基本的な構えにいつも立ち戻ります。
 結果的に、自分の基本的な構えをいつも確認していることになります。
 しかし、自分をOKと認めたいという根本の欲求は持っているのです。
 
これらの欲求を満たされると落ち着くわけですから、組織活動などにおいては、リーダーはその点に配慮するといいでしょう。

・私の存在していることを認めてほしい
・私に形を与えてほしい
・私の価値を認めてほしい

ですから、簡単に言ってしまえば、以下のようなことを地道にすることです。

・挨拶する。いつも声をかける。
・何らかの役割をきちんと与える。オンとオフの切り替えをつける。
・結果をしっかり承認する。ほめる。過去からの成長を伝える。

リーダーが忙しくて、このあたりの目配りがなくなっていることから、メンタルヘルス不全の増加なども起きていると言えそうです。
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by 50TEMPEST | 2010-11-10 10:38 | 日々の交流分析

重要性と緊急性

時間管理で有名なのは、「七つの習慣」に出てくる「重要性と緊急性」です。

この2本の軸で切り分けると、4つの象限ができます。
これのどこに当てはまるかで、仕事の優先度を決めなさいということです。

そして、人は緊急性にはしりがちだが、得てしていつまでも瑣事に追い回されてしまう。
成功した人は重要性を重視していたのだ、というのがポイントです。


これに異議はありませんが、私なりに少し付け加えて考えてみます。
何が重要性で、何が緊急性なのか、です。

緊急性の背後にあるものは、はっきりしています。
その仕事に残された時間です。

多くは、他人から求められた期限でしょう。
こちらにある手札は、それにそのまま応じるか、変更してもらうか、無視するか、ですね。

重要性の背後にあるものは、簡単ではありません。
問題がありそうです。つまり、何をもって重要というのか。

何となくわかった気になっていて、ふだんは意識にのぼらないかもしれません。
私の経験でも、新任管理職たちに重要性と緊急性の話をすると、皆なるほどという顔をされました。

しかし、実は彼らが重要なものとして何をイメージしたか、本当はまちまちだったのですね。
もちろん、企業のことですから、一般論的なものはあるでしょうがね。

つまり、重要性というのは、価値観の議論なのです。
重要性のモノサシは、実は多様です。

私自身、ガチガチの企業人だったときに、その立場から何となく考えていたモノサシがありました。
その後、たとえば起業された人たちと話す機会が増えるにつれ、持っているモノサシの違いに気づきはじめました。
フリーになった今は、当然かなり変わりました。

ですから、自分は何を大事にしているのか、何のために生きていると考えるのか、こそが大事です。
それにつながることが「重要」ということなのです。


自分の価値観に沿って動いていれば、充実感を感じるでしょう。
仕事の優先度を判断するときも、その価値観に沿っていれば、充実していられる。
それが「七つの習慣」が言っている、重要性による優先度判断です。

ただし、企業人などで、人生レベルの価値と仕事レベルの価値が一致しない人もあるでしょう。
もしかしたら、ある局面で、人生レベルの価値をとるか、仕事レベルの価値をとるか、違う判断を求められることがあるかもしれません。

しかしこの場合も、究極的には人生レベルの価値に従うべきです。
そうでなければ、重要性という指標を据える意味はないのです。

仕事レベルの価値を優先しなければならないとしても、今そうすることが、人生レベルでも一定の意味があるのだと思えていなければ、耐えられないはずです。
「七つの習慣」では、だからこそ心の満足という切り口から「重要性と緊急性」を紹介しています。


見方を変えて考えると、人は与えられた「人生」という何十年かの時間のうち、一部分を使って何かをしているといえます。
ひとつをしてしまえば、別のひとつはできない、そこが問題。

有限の資源を使って、何を得るか。
その視点こそが、優先度の選択であるはずです。

タイムマネジメントは、得てして効率を求める視点から考えられがちですが、その視点に立つ限り、いくら「時間管理術」を追い求めても、満たされないのです。
自分の価値観を見つめる、そこまでのふところで考えるものだと思います。
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by 50TEMPEST | 2010-11-09 10:14 | 見て聞いて考えた

ゴッホ展見てきました

ゴッホ展見てきました。
若い頃から、彼の表現がどう形成されていったのかを見せる感じでした。

ひまわりも糸杉もないけれど、これはこれで、しっかり企画が伝わっておもしろく見ました。
国立新美術館は構造的に見やすいと感じましたし、そのせいもあったのかもしれません。

黄色い家の彼の部屋の復元はご愛敬。
でも、私にとっては、作品から画家の人間性を立ち上がらせる効果はありました。

今回最大の発見。
ゴッホが1853年生まれであること。
それは日本では、ペリー来航の年ですが、ということは、私と彼は100歳違いなのです。
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by 50TEMPEST | 2010-11-08 09:35 | 見て聞いて考えた

13人の刺客見てきました

「13人の刺客」見てきました。

よくこれだけやりましたねえ、という感じです。
とにかくバッタバッタと斬り倒すのです。
ま、それだけでも見る値打ちはあり。

中学時代の国語の先生が時代劇が好きで、「バタバタ斬られて、1人いくらにつく?だからおもしろいんだ」と、よくわからない理屈をいつもおっしゃってましたよ。
そんなことまで思い出しました。

熱く生きざまを語る市村正親、一見ソフトだが内に男の思いをこめる役所広司。
チャンバラの様式美を見せる松方弘樹、実にカッコいい。
それに何といっても稲垣吾朗の怪演。ある意味、市村正親を食ってましたね。

たいへん楽しゅうございました。
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by 50TEMPEST | 2010-11-07 14:55 | 見て聞いて考えた

むかーし、あったんだどー 98 棒で運ぶ

テレビを見ていたら、中国の風景で、棒とロープで重い物を運ぶ人たちが出てきました。
「棒棒(バンバン)さん」というのだそうです。

そういえば、棒で荷物を運ぶ風景がなくなりましたね。
昔は日本でも運ぶとなったら、まず人手です。棒を使う姿は、よく見ました。

棒の真ん中にロープをかけ、それに物を載せます。
ふたりの人が棒の両側につき、肩を使って運ぶわけです。

その状態を「さし担い」と言いますね。
子供時代、北海道では学校の暖房は石炭ストーブでした。
毎朝、石炭を一斗缶に入れて運ぶのが当番の仕事です。
当番2人が棒を使って運んだものです。

土木工事の土砂などは、ロープで編んだ網状の物に載せてその形で運び、「もっこ担ぎ」なんて言いました。
力仕事の職種の代名詞にもなりました。
今はクレーンやユニックを使いますね。

1人が棒の中心になって、両側に荷物をぶら下げて運ぶ姿もよく見ました。
その棒を天秤棒と言います。

父が、長屋の共同井戸から天秤で水を運ぶ姿が記憶にあります。

落語には、そんな姿がたくさん出てきます。
さし担いで運ぶのは、「花見酒」「肥かめ」「壺算」「長屋の花見」「黄金餅」など。
天秤で運ぶのは、「南瓜屋」「唐茄子屋政談」「豆屋」「時そば」など。
扇子一本で、担いでいる物の重さを感じさせるのは、芸がいるものです。
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by 50TEMPEST | 2010-11-05 10:47 | むかーし、あったんだどー

未来は自分で

" Future is whatever you make it ,

              so make it a good one ."

未来は、君がどんなものにでもすることができる。

               だったら、いい未来にしなよ。


     映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」より
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by 50TEMPEST | 2010-11-04 07:00 | どこかで知った名言・至言