ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

igarashi.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

息を大きく吸ってー

健康診断に行きました。
市の行う検診を受けるのは初めてです。

胸の検診は、「肺がん」検診という位置づけなのですね。
ということは、年齢に該当しないと、胸部レントゲンは撮らないのでしょうか。
以前は、結核予防のためで、全員やったものです。

とはいえ、当人がやることは同じです。
「息を大きく吸って」
「止めて」

今回あらためて気づきました。
人間は、いきなり大きくは吸えないのです。

人間の体はポンプですからね。
一度吐くことではじめて、空気は入ってくるのです。

まして変な機械の前で、どこからか聞こえる声に「息を大きく吸って」なんて言われて、あわてて吸おうとしても、大きくは入ってきません。

ですから、親切にやるなら、
「息を一度吐いて」
「次に大きく吸って」
「止めて」
がいいわけですね。ささいなことですが。

ストレスがかかると、過呼吸になったりします。
過呼吸とは言っても、「吸おう、吸おう」になって、「吐こう、吐こう」にならないのは不思議です。

呼吸は当たり前すぎて、逆に知らないものですが、ちょっとトレーニングを体験しておくだけで、意識的な呼吸ができるようになります。
自分で呼吸を整えることはけっこう大事なのです。

呼吸そのもので落ち着くということがありますから、私は自分のメンタルヘルスの研修では、呼吸を体験してもらうようにしています。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-28 10:56 | 見て聞いて考えた

たまたまの、不思議な出会い

先日あることを知りたくて、その世界の専門家である佐東さんを思い出し、メールを送りました。
佐東さんと、もうひとり安部さんと、昨年ちょっとした仕事をしたご縁がありました。

翌日、安部さんのほうからメールが来ました。
前のご縁から、安部さんのホームグラウンドで、その日に佐東さんが研修の仕事をされたのだそうです。

そして、2人で話すうち、私のことを思い出したとの内容でした。
うれしいことですし、私も、佐東さんを思い浮かべたとき、安部さんのことも連想していましたから、ちょっと驚きのタイミングです。


後日、佐東さんと会いました。
彼の話にも、たくさんたまたまが出てきました。

安部さんの関係の仕事では、会場が通常使われる建物ではなく、安部さんのいる棟だったのだそうです。
で、ちょっとのぞいてみたら安部さんがいて、私のことに話が及んだというわけです。

彼の方も、私にメールしようと思って帰宅したら、先に私のメールが届いていて、びっくりしたそうです。


さて、佐東さんと話し込み、別れてから逆方向に歩きだすと、向こうから来るのは、なんと前職で一緒だった西塔さんです。
私が退職してから、会うのは初めて。広い東京のビジネス街でばったり会うとは・・・。

私の少し後に、彼も退職したとは聞いていましたが、どうしてるかなと思っていたところでした。
その近くの、通りの向こう側の会社に勤務しているとのこと。
でも彼が出かけなけれは、しかも、その方向に向かわなければ、まったく知らずに通り過ぎていました。


私たちは、もしかしたら、接近遭遇をたくさんやっているのかもしれませんね。
ちょっとしたことで、会えたり、会えずにすれ違ったりしていても。

それから、知らない顔で通り過ぎた誰かさんと、実は共通の知人がいたりするのかもしれません。
そんなふうに考えてくると、何となく楽しくなりませんか。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-27 10:20 | 見て聞いて考えた

みんな違って みんないい

 わたしと小鳥とすずと

            金子みすゞ


わたしが両手をひろげても、
 お空はちっともとべないが、

とべる小鳥はわたしのように、
 地べたをはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
 きれいな音はでないけど、

あの鳴るすずはわたしのように
 たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
 みんな違って、みんないい。

----------------

あまりにも有名な詩です。

私が小学校時代、先生から「詩を書きなさい」と言われました。
でも、詩というものがどんなものかまだわからず、途方にくれました。

その時、母がこんな感じと教えてくれた、その調子が、
今思えば、ちょうど金子みすゞの詩の調子でした。

母は、どこかで聞いたことがあったのかもしれません。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-24 10:58 | 朗読

むかーし、あったんだどー 102 放送トラブル 

昔は、テレビで放送が途切れることがよくありました。
特に白黒テレビの頃、そんな覚えがあります。

突然、図形が描かれたような画面になりました。
「しばらくお待ちください」なんて文字が書かれています。

こっちも、珍しくはないことなので、「またかよ」ぐらいで、辛抱強く待ちました。
機械の故障だったのか、それとも別のトラブルか。
昔は、ちょっとしたドラマも生放送だったそうですから、いろいろなことがあったでしょうね。

近年で時々あるのは、天候不良による衛星放送のトラブルですね。
他の国とつながったはずなのに音が出ない、とかもありますか。

そう思うと、ずいぶんレベルが上がったものだと思います。
気づかない領域ではありますが、すばらしい技術の進歩ですね。

チュニジアで、独裁的な大統領が追い出されましたね。
ルーマニアでチャウセスクが追われたのも、メディアの力でした。

インターネットや衛星放送で、他国の生活レベルがわかると、失政がばれてしまうのです。
情報統制がむずかしくなったわけです。

そんな重大な事件の裏に、現代のすぐれたメディアがあり、それを技術の進歩が支えているのですね。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-21 10:17 | むかーし、あったんだどー

脳の働き

将棋の羽生さんが、将棋における人間とコンピュータの対戦について、こんなことをおっしゃっていました。

コンピュータと人間とは考え方が違う。
コンピュータは、よりたくさんのケースを想定して計算していくのに対して、人間が考えることは、レベルが上がるほど減っていく。
考えずに、大づかみの方向で動いていく。


確かに、人間の脳のしくみは、そこがすばらしいのだと思います。
まるごと考えるのではなく、上澄みで考えるとでもいいましょうか。

「楽をする」とも言えるでしょう。
そんな処理方法ができたから、人間は発達したのですね。


そういえば、今パソコンでいろいろなことができるようになりました。
処理するものが、文字⇒音⇒画像となっていったとき、飛躍的にデータ量が増えたことを思い出します。

人間の脳は、3次元のデータを、推論なども含めて、タイムリーに処理しているわけですから、何とデータ量が多いことでしょう。

それは身体に負荷なのだと思います。
だから、エネルギーの節約のためにも、なるべく簡単にする必要があるのでしょう。

たとえば、電気を消したか、扉に施錠したか、まったく覚えていないことがあります。
出かけるための一連の行動として、流れの中でしていて、いちいちは覚えないのでしょう。
いわばメモリーを節約しているのですね。

で、そんな省略した動きが多すぎれば、失敗の原因になります。

逆に、適当に省略することができなければ、メンタル的な問題につながってしまうわけです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-19 11:13 | 見て聞いて考えた

キャリア目標へのたどり方

なりたい姿をイメージして、そこから逆算して積み上げていくという手法があります。
定番といえば定番です。

以前お会いしたAさんは、私同様、講師志望でした。

企業で大事なポストを勤めながら、その夢に向けて努力されていました。
Aさんのお話では、そう決めた時、必要なスキルなどを洗い出し、順次身に着けていっているとのことでした。

「見せましょうか」。
チラッと見せていただいたビジネス手帳には、たくさんのアイテムが書き出されていました。

ずいぶんロジカルな方なのだな、と思いました。
当時、私は講師として独立しかけていましたので、多少のアドバイスと情報を提供しました。


さて、2年ほどたって、Aさんにばったり会いました。
名刺を交換してみると、彼はまだ当時のお仕事のままでした。

あの夢を持ち続けていらっしゃるかどうかは、うかがいませんでした。
あんなにたくさん書き出してあったのを思い出したからです。

彼はもうそこそこの年齢です。
おそらくあれは、「飛ばないこと」を正当化する材料になっているのだろうと推測しました。


私の場合は、違う道をたどりました。
「いつか講師になりたい」と、モヤッと考えてからは、別に建設的には考えませんでした。

目の前に現れた選択肢に対して、積極的なほうを選んでいっただけです。
たとえば、コーチングのセミナーの存在を知り、マネジメントに役立つかもしれないと、興味にまかせて参加しました。

講師への道としては考えませんでしたが、それは講師業にずいぶん役に立っています。
そのほかにも、似たようなことがたくさんあります。

今にして思えば、夢につながる選択肢が、向こうから、時には別の顔をして寄ってきたように思えます。
結果的に、それらをチャンスにできたということでしょう。


私は独立するまでは、所属する会社の力を借りた形で、サラリーマンのまま講師をビジネスにしていました。
いきなり「飛んだ」のではありません。

そのような形を作る機会も、訪れるべくして訪れた感があります。
それをチャンスととらえて、社内提案したのです。

そして、数年後に訪れた独立の決断という機会も、同様です。
その時点では、もう「計画された偶然」理論は知っていましたが。


キャリア目標に到達するのに、きちんと積み上げていく道もあり、偶然を活用してたどる道もあります。
私としては、自分の経験から、後者の方がけっこう近道ですよと言いたいです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-18 18:50 | コーチング,カウンセリング

名前は親のメッセージ

AKB48がブレイクして、私のような小父さんでも、けっこう名前を覚えました。
もっとも、すぐ忘れるのですが・・・。

おもしろいと思ったのは、光っている子と名前です。
名前が本名だとすれば、親御さんからのメッセージを感じたからです。

皆さん、親御さんの有形無形の思いを受けて、そのとおりに育ったようですね。


秋〇才加さん 
 才を加えて「さやか」とは、すごい名前です。
 名前のとおり、才能豊かなお嬢さんになりましたね。
 チームリーダーとしての、オーラが表れています。

大〇優子さん
 彼女は女優さんになりたいのだそうです。
 子役から着々と積み重ねてきています。
 優子さんの優は、女優の優らしい。
 実は、親御さんが「したかった」のを、自分の志望に転化したのでしょうか。

小〇陽菜さん
 明るくて、おだやかで、少しのんびりやさんです。
 春の野原の、あたたかい日差しにつつまれた菜の花。
 そのとおりのお嬢さんに見えます。

高〇みなみさん
 みなみさんは何人かいます。
 そのうちで、このみなみさんが、宝塚なら男役トップさん。
 責任感を体現したような、話しぶりや表情、行動が目につきます。
 何人もいるところを見ると、名前の由来は劇画「タッチ」でしょうか。
 元気で、かわいくて、しっかり気が利く主人公のイメージを、親御さんは思い浮かべたはずです。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-16 11:47 | 日々の交流分析

むかーし、あったんだどー 101 大学紛争

以前あって、今はなくなってしまったものを、思いつくままに書いています。


私は、大学紛争の時代の数年あとに大学に入りました。
しかし、まだその余韻はありました。

地方の国立大学という、どちらかというと穏やかなところでも、学内は立看板(タテカン)が立ち並んでいましたし、ヘルメットをかぶったデモ行進が時々ありました。

入学式には、授業料値上げ反対をうたうグループが乱入しました。
昼休みは、いわゆるアジ演説が盛んでした。

東大紛争と呼ばれる事件は、テレビで見ました。
大衆団交、安田行動封鎖、機動隊導入と続きました。

さらにその後は、政治的主張に先鋭化した集団の、あさま山荘事件も起き、入試に向う直前までテレビに釘付けになりました。


たくさん生まれた年代というのは、それだけで社会的にエネルギーを持つのだそうです。
ですから、第二次大戦後に生まれた若者たちが旧来の体制に反旗をひるがえしたのは、日本だけではありません。

彼ら、いわゆる団塊の世代が、大学内の古い体制をそれなりに崩し、さらに国レベルでも世の中を大きく変えたのです。
反体制だけではなく、ヘルメットを脱いだ後は、経済成長を支えた世代でもあったのです。


その後の大学は、ほんとうに平和です。
あの時代の、なんとなくザワザワした、しかし若者にとっては変化の兆しを感じさせる空気の味は、おそらく吸った者にしかわからないかもしれません。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-09 14:20 | むかーし、あったんだどー

むかーし、あったんだどー 100 国立二期校

以前あって、今はなくなってしまったものを、思いつくままに書いています。

姪が大学受験を迎えました。
センター試験を受けて、前期、後期をどこにするかなど、周囲は悩みのようです。

昔は、国立大学は一期校、二期校と分かれていました。
一期は、いわゆる旧帝大に加えて、戦後新設のうちの大きな総合大学がいくつか入っていました。
二期は、各県にある地方大学と言っていいでしょう。

当時、たいていの学生は、私立大、一期校、二期校と受けていくわけです。
ちなみに、私の出た金沢大学は、次に帝大になるはずだったとかで、一期校でした。

一期、二期というのをやめたのは、試験問題で難問・奇問が出題されたり、歴史などの重箱の隅をつつくような出題があったりで、社会問題になったことからです。
公平な基準で学力をはかろうというわけで、共通一次試験というものが生まれました。

そこからさらに、大学入試センター試験に変わってきたわけです。
今は私立の大学でも、この試験を採用できます。


社会的ニーズに対して、新しい組織とポストを作り出すのは、お役人の特技と言っていいでしょう。
大きなコンピュータを入れて共通一次試験をやるという解決策をとり、そのための器と組織を作るというのは、恰好の天下り組織作りだったと思っています。

しかし、紆余曲折の結果、制度が落ち着くところに落ち着いたとすれば、けっこうなことです。
試験問題を毎年作るのは大変な作業でしょうし、各大学がそれに大きな労力をかけるのは無駄かもしれませんからね。


サラリーマン時代、リクルートのために、毎年あちこちの大学に行きました。
昔は二期校であっても、気を吐く大学はけっこうありましたし、先生のお話によると、とんでもない遠い地方からも学生が来たものだが、年を追うごとに地元化が増しているとのことでした。
さらに昨今では、独立行政法人化で予算が絞られていることもあり、旧二期校の地方大学の地位は低下していっているのではないかと思います。
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-04 17:22 | むかーし、あったんだどー

上を向いて歩こう

新年おめでとうございます。

元日の恒例として、地元の神社に初詣。
市議会や県議会の議員さんたちが、参拝口のところに幟を持って数人お立ちでした。

寒い中、お疲れ様です。
そこに行くには、もともとの商店街を抜けていくのですが、年に一度しか通らないので、お店の変化が新鮮に目につきます。
地方経済の凋落はよく言われることですが、国中が下を向いてしまっている状況は、ほんとうに何とかしてほしいものです。


新年2日は、大学ラグビー選手権の準決勝を見に行きました。
明治が早稲田にボッコボコにされた感じ。

早明戦でFWにこだわって勝ちきれなかった明治は、FWで圧倒するまでの力はまだ自分たちにないと考えたのでしょう。今回は展開で果敢に攻めました。

しかし、結果は、早稲田の手のうちに入ってしまう形となりました。
FWで来られたほうが、早稲田は嫌だったでしょうが。

ここまで完敗だと、明治もサバサバするのではないかと思います。
とはいえ、選手権に出られなかった頃から思えば、ここまで来た吉田監督の手腕は買うべきです。

国立競技場のバックスタンドは満員状態でした。
2019年のW杯日本開催に向けて、ラグビーの認知を上げていく意味でも、振興校の躍進とともに伝統校の復活を期待したいところ。

来季に向け、明治の諸君も上を向いていってほしい。
期待しています。


スポーツ総合 - エキサイトニュース
[PR]
by 50TEMPEST | 2011-01-03 11:11 | 見て聞いて考えた