ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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風の丘で、震災支援チャリティコンサート

★震災支援 チャリティコンサート

千葉の「風の丘」ホールで、チャリティコンサートが開かれます。
日本の有力オペラ歌手たちが、駆けつけて歌ってくれます。
日頃、この小さなホールを支援して出演してくださる方々です。

◆予定曲の例
 赤とんぼ、この道(山田耕作)
 カロミオベン
 Ti voglio tanto bene
 金子みすず曲集 こだまでしょうか ほしとたんぽぽ わたしとことりとすずと 等(中田喜直)
 このみち(伊藤康英)
 桜の栞
 侯爵様、あなたのような方は(こうもりより)
 スザンナとマルチェッリーナの二重唱
 ムゼッタのワルツ(ボエームより)
 ほんとにきれい(木下牧子)
 瑠璃色の地球
 心の瞳(三木たかし)
 Il bacio

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 4月3日(日) 15:00 

 会 場:風の丘HALL JR総武線新検見川駅下車
              徒歩9分 OR 
              「さつきが丘団地行きバス」乗車一区間「朝日ヶ丘」バス停 目の前

 参加ソリスト   (*最近の風の丘でのご出演役)
        小山陽二郎 (風の丘音楽監修) 
        安達さおり (*ボエームムゼッタご出演)
        野田ヒロ子 (*ボエームミミご出演)
        大貫裕子 (*夕鶴つうご出演)
        松浦麗 (*蝶々夫人スズキご出演)
        PF奥谷恭代    ほか  
  
 参加費:2,000円 (ソリスト交通費以外は、全て被災地への寄付とさせて頂きます。
              終了後、ブログにて収支公開。日本赤十字社を通じて募金。)

      *小中高校生:無料。
      *ボエーム12日のチケット(ご鑑賞できなかったお客様)をお持ちくだされば無料

 お申込み方法: お電話か、FAX、または
            メールにて、代表者お名前、参加人数を お申込み下さい。

            参加費は、当日受付にて承ります。 
  
 主催・お申込み先: 風の丘HALL 
           電話 043-273-4217 FAX 043-273-4221

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震災があったは、中鉢聡さん主演の「ラ・ボエーム」3回公演の間の日。
翌12日は、最終公演日でした。

最終公演は、1時間遅れながらも、出演者の熱意で実施されました。
しかし、やはり来られなかった方もありました。

その後、震災の内容が伝わり、被災地に関連をお持ちの出演者さんたちの声もあって、チャリティ公演の企画が急遽まとまったそうです。
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by 50TEMPEST | 2011-03-28 12:53 | 東日本大震災

光を見よう・・・震災体験2011.3.21~27

21日 月・祝
終日、家で仕事。
世の中がだいぶ落ち着いてきたのが感じられる。

「笑っていいとも」が復活した。
毎日ある、この番組が、平和の象徴のように感じられる。

原発は小康状態。
電源の回復が進む。
作業するために、人間のいる場所を整える必要がある。
となると、換気空調システムを整備する必要があるわけで、前職の会社ではないが、BWRの施設をやった同業の知人のところにも声がかかったことだろう。

浦安の様子が映像で紹介される。
マンホールが人の背ほども飛び出している。
水道は復旧してきているようだが、下水はまだらしい。


22日 火
テレビはだいぶ普通の番組になってきた。
ただしCMは、あいかわらず公共広告機構。
そんな中、ユニクロはちゃんと流している。柳井氏の見識か。

そんなに「自粛」する意味があるとは、思えない。
サーッと一斉にカラを閉じるスピードたるや・・・。
今頃はカラから首を伸ばし、横目を使って、はたの様子を見ているのかもしれない。

災害とはいっても、復興しようとなった時、日常を感じさせることも、大事だと思う。
むしろ、経済活動を起こして、金を回すことのほうが、今は必要なはず。

市原のタンク火災は、やっと鎮火。
火災にならないまでも、海岸沿いは傾いたりして使えない給油基地ばかりらしい。

体の緊張が、どことなく緩んできた気がする。
家に閉じこもってばかりいると、何となく身がすくむようだが。
ストレス反応の本質は緊張。
緩むのはよいことではある。

テキストをプリントしに外出。
店舗はみな、照明を落として営業中。
何となく景気が悪い感じはするが、用は足りる。

帰りにいくつか店をのぞいた。
品物は普通にある感じ。
しかし、プレーンヨーグルトだけがない!


23日 水 
朝の連続的な余震で目覚めた。
このところ細かいのが続くので、普通に腰掛けていても、揺れているような感じのするときがある。

浦安や習志野の様子が、よく紹介されるようになってきた。
近いので、ワイドショーが撮りに行きやすいせいか。

沈んだ電柱、飛び出したマンホール。
持ち上がった、というのか周囲が沈みこんだ建物。

飲み水さえまだ全部は復旧していない。
下水がダメで、トイレが使えないのは、例えば中層の5階に住んでいるお年寄りなどには、どれほど大変か。

復旧したところも、とりあえず川に流すようにしたなどというところがあるようだ。
全部引きなおすのは、お金と時間が。

原発の復旧は、煙が出たり、水蒸気が出たりしながらも、少しずつ電源復旧。
中央制御室が立ち上がっている。

金町浄水場で放射性物質が高かったとのことで、乳児に飲ませるなということに。
報道は夕方から大騒ぎ。

マンション内の井戸水はどう考えるか、対応が必要かというやりとりを、理事長・副理事長と。
少なくとも、オープンエアの川や浄水場よりは、井戸のほうが安全だろうということで一致。


24日 木
今日も寒いが、停電は夕方まではなし。
神奈川の火力発電所が立ち上がったとのこと。

今回のことで、電気というものが、貯めてはおけないものなのだと、知られたと思う。
そこから言えるのは、ピークに合わせて設備を作る必要があること。
使用量に波がある場合は、その凹みのほうに、需要を作る必要があること。
前職の会社が創立された時、空調というもののニーズを見込んで、東京電力が力を貸したというのは、腑に落ちる。

夜に、作業員が靴に水を入れてしまって被ばくというニュース。


25日 金
震災から2週間目。

ご近所にコンビニが開店。
落ち着かない時にオープンすることになったことだが、存在を認めてもらうのにはよいのかも。
世の中、何でも「それはちょうどいい!」の精神だ。

原発では、放射性物質を含んだ水がたまっているのが、1か所ではないという報道。
一方、順次、冷却を真水に切り替えてきている。
いずれぜひ必要なこと。

今日も停電にはならず。


26日 土
強い北西の季節風。
放射線は海に吹き飛ばされることだろう。

ある会合で、主婦たちの声を聞く。
水や食料品への放射性物質に恐れをかなり感じている様子。
知識のないことが、かなり拍車をかけている。

政府がどう言ったところで、どちらに回っても恐れるだろう。
それが女という性かもしれない。

前に住んでいた公団の隣の民間マンションで、かなり問題が起きたとのこと。
もともと低地に作られたものだった。


27日 日
娘が来て、落語のビデオを見たりしてすごす。
この2週間は、まとまった外出もせずに自宅で仕事。

新人研修のテキストを新しくできた。
来週明けから、仕事が再開。
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by 50TEMPEST | 2011-03-28 08:00 | 東日本大震災

復興のためには

復興策として何が必要か、勝手に考えてみました。
※制約なしに考えてみるのが主旨です。
  被災された方の感情を害するつもりは、まったくありません。

コンセプト
 災いを転じて、積年の問題解決へのテコに
 ・地方の高齢化
 ・非正規労働者の就職難
 ・若い人の就職難
 ・人口減
 ・エネルギー基盤の脆弱さ

残骸処理 
 知事または市町村長に、所有権の対象でないと宣言する権限を一時的に付与する。
 できるだけ早く、どこかに穴を掘って埋める。または埋め立て。
 その跡地は記念施設と記念墓地。谷を埋めて住宅にするなどはNG。
 
土地・住宅
 海岸から少し離れた土地に計画市街地を作る。
 もともとの所有地にはせず、同地積を原則に代替地。
 防災対策住宅として中層マンション化し、住めなくなった土地分をねん出する。
 住宅もそこに集約。新〇〇町という感じで、コミュニティを残す。
 旧住民プラス若い新住民を誘致するような安価な家も提供する。

産業
 塩水に漬かった農地は簡単に再生できない?
 区画整理しなおして大規模農地に。
 漁業と関連産業は、観光市場などとも関連させて施設整備し直し。
 海岸側は産業地区に指定。
 第一次産業だけでなく、IT系産業なども被災地区に誘致。
 他地区からの、新住民の移住を奨励。
 政策的な職の提供。
 第一原発周辺は農地をやめ、太陽光発電施設に。
 超電導の研究促進。
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by 50TEMPEST | 2011-03-28 07:30 | 東日本大震災

官房長官

官房長官というポストは、おいしい役ですね。
他の大臣は、往々にして、誰がなるというのは関係なく順繰り就任だったりするのに対して、これだけはまず先に決めて、パートナーにしますね。

アメリカのような報道官とは、ちょっと違う。
もっと番頭さん的な役ですかね。

メディア露出も多い。
やりようでは、ずいぶん顔と名前を売れます。

Wikipediaではこう記されています。
(引用開始)
内閣官房長官は、内閣官房の事務を統轄し、所部の職員の服務につき、これを統督する(内閣法13条)。
ただし、内閣官房の内閣法上の主任の大臣は内閣総理大臣である(内閣法23条)。

具体的には、以下のような役割を果たしている。

1. 内閣の諸案件について行政各部の調整役。
2. 同じく諸案件について、国会各会派(特に与党)との調整役。
3. 政府(内閣)の取り扱う重要事項や、様々な事態に対する政府としての公式見解などを
   発表する「政府報道官」(スポークスマン)としての役割。

執務室は総理大臣官邸5階にあり、特別職の国家公務員である国務大臣秘書官1人が割り当てられている。
閣議では進行係を務める。
官房長官の権限は強く、他の国務大臣の管轄の内容についても調整という形で関与することができる。

内閣府設置法に基づき内閣府(大臣委員会及び特命担当大臣の所掌部署を除く)の事務の総括整理も担当する。
(引用終わり)

ちなみに、内閣総理大臣臨時代理予定者第1位でもあるそうです。
また、「政府首脳によると」と報道されている場合、慣例的に官房長官を指します。

記憶に残る人というと、後藤田正晴氏、野中広務氏ですかね。
切れ者の仕事師という意味では、この人たちを記憶します。
実力がありながら、首相にはならずに、実務面で首相を支えました。

小渕恵三氏も「平成」とともに、いつも思い出されますね。

今回の震災では、枝野幸男氏は精力的に表に出た印象があります。
記者から「寝てますか」と聞かれるぐらい。
若い人に代わっていてよかったかも。

仙谷由人氏は、がん手術を受けた方なので、やはりこんな時には不安が残る。
仙石氏が、今度は官房「副」長官になったのは妙な形ですが、裏で実権をふるっているそうなので、案外いい形なのかもしれません。

枝野官房長官の説明と応答は、言葉を選びながら平板に話すところ、表情が変わらないところが政治家っぽくて(元役人かと思ったら弁護士)、私は好きではありませんが、今回のようなことで見続けると、それが安心感を与えた面もあるかな、と思います。
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by 50TEMPEST | 2011-03-27 11:06 | 東日本大震災

自宅まで歩くということ

地震当日、7時間かけて東京から帰ってきたという方がありました。
時間的にそんなものだろうな、と思いました。

実は、仕事場が四谷にあったので、震災があったら歩いて帰ることを想定して、休日に歩いてみたことがあります。
実は、2回やって、2回とも達成できませんでした。

1回目は、靴が原因で、ひざ裏に痛みが出て、途中リタイア。
底の柔らかい靴はダメだとわかりました。

2回目は何とかなりそうでしたが、暗くなってしまい、また途中リタイア。
このときは、後日残り分ぐらいを歩いてみましたが。

目的は、道を知っておくことと、どのくらいしんどいかを知ること。
一番わかりやすい靖国通りは、京葉道路になり、途中で人の歩く道はなくなってしまうのです。
そんなことも、やってみてわかる。

結論は、何とか自転車を調達する必要があるな、ということでした。
今回、途中で買ったという人が知人にありました。賢明な選択です。

在職中は、靴や水やラジオ、カロリーメイト、懐中電灯などを、会社貸与品とは別に自分で用意していました。
結局、使わずに退職してしまったのは幸いと言うべきでしょう。

ところで、晴海ふ頭に船をつけて、千葉に帰宅難民を運ぶなんて計画があったはずですが、あれはどうなったのでしょうかね。
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by 50TEMPEST | 2011-03-26 19:00 | 東日本大震災

こだまでしょうか

 ◎こだまでしょうか  
               金子みすゞ

「遊ぼう」っていうと
「遊ぼう」っていう。

  「ばか」っていうと
  「ばか」っていう。

   「もう遊ばない」っていうと
   「遊ばない」っていう。

    そうして、あとで
    さみしくなって、

     「ごめんね」っていうと
     「ごめんね」っていう。

      こだまでしょうか、
      いいえ、だれでも。


 ================

ACの広告で、がぜん耳にタコになった金子みすゞの詩。

これも有名な、「わたしと小鳥とすずと」と同じ詩集の中の一遍。
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by 50TEMPEST | 2011-03-24 10:53 | 朗読

震災とチェーンメール

大騒ぎしている時に、チェーンメールの話題が出ましたね。
官房長官の会見などで言及があって沈静化したようですが、実際のところどうなったのでしょうか。

私のところにも来ましたよ、ふたつ。

原発が危険で、放射能の雨が降るから、できるだけ家から出るな、という主旨のもの。
放射能から身を守るためにヨードを、たとえばウガイ薬を薄めて飲め、という主旨のもの。

「原発に勤務している人が教えてくれたのだが」とか、
「知り合いの医者が教えてくれたところでは」とか、枕詞がつきます。

それで、どうも怪しいなと思うのですが、
「知ってる人に教えてあげて」とくるので、まあ見当はつく。

内容的にはもっともらしく、また、良かれと流してくれているのです。
悪意で始められたとは思いにくい。だんだん尾ひれがつくのでしょうね。

関東大震災の時の、「〇〇人の暴動」というのと、本質的には同じですよね。
たまたま私は原発に多少の関係と興味があり、ニュースをよく見ていたので、違和感がありました。

で、へその曲がっている私は、流さなかったのです。
事実が含まれているにしても、恐れを増幅することに手を貸すのは明らかでしたから。

こういうものなのだな、と思う興味深い経験でした。



ちなみに、最も役に立ったと思う情報は、吉田繁治さんのメルマガ「ビジネス知識源」の増刊でした。
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by 50TEMPEST | 2011-03-23 10:16 | 東日本大震災

光を見よう・・・震災体験2011.3.17~20

17日 木
地震から7日目。
鉄道はだいぶ動き始めている。東京から離れた所はまだのようだが。

今日はとても寒い。
会社関係、鉄道関係、だんだん電気が使われるようななったことになる。
我が家のあたりは、また停電からはずれたが、暖房ニーズが加わるとどうかなと思っていたら、夕方から、大規模停電が起こるかもしれないとのことで、鉄道の再間引き要請があったそうだ。

福島第一原発は、あいかわらず危機的状態。
自衛隊がヘリで水を投下。
さらに警察と自衛隊とで、放水車から放水するとのこと。

東北電力からの送電線を復旧するそうだ。
もっと早くこれができれば、という気もする。
現場の命がけの努力は、本当に胸を打たれる。

進展するトラブルのために、対処に追われまくっている。
その一方で、大局的に物を見られる人がいるのか。
原発を作った人、運転面で最初の歴史を作ってきた人たちはもう定年でいないだろう。

ぜひ早く終息してほしいが、これが片付いたとして、電気の供給は今とたいして変わらないことになるだろう。
福島第一5,6号機は無事としても放射線があって動かせないだろう。
西日本からの供給についてボトルネックがなんとかクリアできても、国内の電力量自体はずいぶん落ちることになる。
煌々とした夜の明かりなどは、無駄の権化ということになるだろう。

新浦安の知人2人からメール。
断水で、苦労しているようだ。
カミさんが仕事から帰って、埋立地は液状化で噴き出した土が、強い風で舞って大変と報告。


18日 金
知人関連のメールでは、浦安あたりは地盤がひどくなって、大きな店舗なども、持ち上がったり、沈みこんだりしているとのこと。
そういえば、いつも頼んでいるクリーニング屋さんも、どこなのかは知らないが、工場が傾いたそうで受付停止だ。

こんなリンクも送られてきた。

原発では、警視庁の放水車は近寄れず、水は届かなかった。
もともと下に向けて発射するためのものだからねえ。

局所的な情報を淡々と提供してくれているローカルテレビ局に、ご近所の株が上がっている。

マンションでは、節電のために街路樹のライトアップと生垣の中の樹木灯を消灯。
寒い中、暖房をつけずに仕事をしていたら、少し風邪気味。


19日 土
早くも1週間。
今日は暖かいので助かる。
今日は停電なし。


ほんとうは、寒い日は北西の季節風だから、原発から出るものが海の方に飛ばされてよいのだが。
夜、農産物に放射性物質が感知されたというニュース。

前職の会社が、他のタイプとはいえ、原発関係の仕事をしていたので、多少は知識もある。
西日本の災害だったら、知人も動員されているかもしれない。

東京消防庁の活躍で連続放水。
電源も回復して、どうやら人間が攻勢に転じた感があり、ずいぶん安心だ。

朝から管理組合の幹部が集まって、広報の打ち合わせ。
建物のダメージとその対応方針。停電時の注意。

地震と直接関係ないとは言うが、みずほ銀行のシステムダウンは続いている。


20日 日
今日も停電なし。
暖かい。

近所の産直の市場に、カミさんと買い出し。
夫婦づれの買い物客が多かったが、平静に戻っている。
たくさん並ぶ青々とした野菜にはいつもうれしくなるが、いつもに増して元気をもらう。

途中にある酒屋さんと話をする。
店中に酒瓶を立ててある、陳列の雑なお店なので、さぞ倒れたことだろう。
店主の従兄弟が福島県双葉町にいて、九死に一生を得たという話を聞いた。

通りがかりの、低い土地に建っているマンションでは、何棟かでエントランスにクラックがあった。
比較的新しいのだが、相当揺さぶられた感じ。

テレビは昨夜あたりから、かなりバラエティ番組が復活。
罪のない番組が気楽。
CMは相変わらず、公共広告機構ばかり。
なぜそうなるのかは知っているが、仁科亜希子さんばかり何度も何度も聞かされるのは食傷。

原発で圧力上昇の報。
少し不安。

ポツリポツリと救出される人が現れ、ニュースが飛びついている。
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by 50TEMPEST | 2011-03-20 19:04 | 東日本大震災

本棚の耐震対策・・・今さらと言わずに

私の周辺で、本棚が倒れたり、本や書類が飛び出したりで大変だった、という方がけっこうあります。

私は、発泡スチロールを突っかいにしていまして、今回まったく問題ありませんでした。

a0021775_13375466.jpg仕事場は、両側の壁に天井近くまで書棚が組んであります。
横連結してあるので、倒れにくくはあるのですが、倒れないまでも、本が飛び出したら大変でした。

a0021775_13364263.jpg今回棚のものは、まったく落ちませんでした。
逆に、近々読もうなどと平積みに重ねてあった本のほうが、崩れました。
ちゃんとした突っ張り金具はもちろん良いでしょうが、そのうちにと思っていると、なかなか買えません。
発泡スチロールは安いですし、クッション性があって、揺れを吸収してくれるようです。

変な形なのは、家電品を買ったとき段ボールに入っていたものの廃物利用です。

サイコロ型は、100円均一の店で調達したもの。

サイズの足りないところは、読んでしまった情報誌を重ねて調節しています。
他人の入らない部屋なので、不細工ですが、お金をかけませんでした。
十分な性能であることが証明されました。


最近は、100均でも、コンクリートブロック型やレンガ型のものを売っていますね。
これなら決まった形ですから、たくさん買ってきて、スチロール用の接着剤で貼り合わせれば、それなりに美しく適当なサイズに合わせることができると思います。


実は、リビングルームに置いてある背の高いサイドボードも、発泡スチロールを突っかいにしています。
さすがにお客様の目にふれるので、多少は態の良いものと思い、天井までの寸法をはかって東急ハンズで切ってもらいました。
こちらも、びくともせず、食器も飛び出しませんでした。

大きな地震は済んだからもう安心といわずに、ぜひ対策をおとりになることをお勧めします。
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by 50TEMPEST | 2011-03-20 13:35 | 東日本大震災

鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白な帆を上げる時

娘が教えてくれました。
読んで思わず涙があふれました。
勝手に引用します。

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卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。 また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。
 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。
 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。
 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。
 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。
 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。
 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。
 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。
 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。
 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためでなないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。
 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。
 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。
 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。
 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。
 「今日ひとりで海を見てきたよ。」
 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。
 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。
 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。
 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。
 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。
 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。
 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。
 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32

 一言付言する。
 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。
 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。
 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。
 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。
 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)
 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。

立教新座中学・高等学校 校長 渡辺憲司
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by 50TEMPEST | 2011-03-17 10:28 | 東日本大震災