ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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滝口順平さんが亡くなって

先日、声優の滝口順平さんが亡くなりました。

『ぶらり途中下車の旅』のナレーターで根強い人気がありました。
画面の中のタレントさんと掛け合いをするような、「おーやおや、大丈夫ですか?」など独特の口調が話芸でした。

じつは、わが家でも、この番組は好きでよく見ます。
少し前から、彼の声が安定しなくなっていて、体調不良なのだろうと心配していました。
声がしわがれたりして、つやがなくなっていたのです。

ずっと同じ声を聴き続けていると、定点観測のような効果があります。
変化がわかるのです。

実際に顔を見るよりも、機械を通して見ると、その人の健康感がよりわかるということもあるかもしれません。
以前、林家三平さんが病気から回復したときも、テレビを通して見る彼の顔の、目に精気がなく、「ああ、これは長いことないのかもしれないな」と思っていたら、間もなく亡くなりました。

マイクやカメラは、冷酷に真実を映し出してしまうのでしょう。
おそらく、滝口さんも、自分の声の変調には気づいていたはず。
そういえば、『ジェットストリーム』の名物ナレーション、城達也さんも、亡くなる2カ月前に、思うように声が出ないのを理由に降板しました。

どんな人も、自分らしい仕事を、ギリギリまでして亡くなるのは本望でしょう。
名調子が、ひとつ消えました。

合掌。
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by 50TEMPEST | 2011-08-31 10:53 | 見て聞いて考えた

木を植えた男

『木を植えた男』、有名なのは、ジャン・ジオノ作、フレデリック・バック画の本です。

このところ、展覧会もあって、私も見に行きました。

さて、そんなことがあったところで、先日NHKで、『杉山家三代』という番組を見ました。
杉山龍丸氏は、第二次大戦後、私財を投じてインドにユーカリの林を作られたそうです。

国道沿いに木を植えることで、ヒマラヤの雪解け水の伏流水が吸い上げられはずと気づいた。
そして、孤立無援のなか、自分の農場を売り払ってその仕事を続け、砂漠状態だった荒野が豊かな農地に変わった。

本のほうは、実はフィクションですが、こちらは本当に木を植えたのです。
世界を見ると、おそらく他にも例があるのでしょう。

あらためて、「木を植える」行為、つまりは地道に「緊急ではないが重要な仕事」を続けることの意味を思いました。
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by 50TEMPEST | 2011-08-26 10:08 | 見て聞いて考えた

旅行は、目的地を決めると

カミさんは旅行が好きです。
彼女の説によると、目的地を決めることが大事だそうです。

「どこどこに行く」と決めれば、計画が動き出す。
反対に、「どこか行きたいねえ」と言っているだけでは、いつまでも行けないのだそうです。

なるほど!
一理あり。

仕事でも、人生でも、目的が力を持つのです。
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by 50TEMPEST | 2011-08-25 13:37 | 見て聞いて考えた

官の公共サービスについて考える

西部劇を見ると、官というものがどうやってできたか、わかります。
道ができ、人が集まり、街ができる。

最初にできたのは市長のほかは、警察つまり保安官ではないでしょうか。
たぶん、銃のうまい男が選ばれ、住民の拠出した金から給料として受け取ったのでしょう。


ある時代まで、官の使命は、公共サービス網を行き届かすことでした。
国なら国、市なら市の管轄内で、住民のために便益を提供する。

それが税金を取ることの理由となるし、権力を正当化することにもなります。

当然最初は採算がとれませんから、民間が事業として手を出さないが必要だという領域こそ、官に期待されます。
明治の日本の官営事業など、その代表でしょう。

道を作るとか、鉄道を敷くとか、ある地域では採算がとれだしても、別の地域へと広げてゆきました。
多少もうからないことが見えていても、網を広げる。

官のサービスというものは、もともとそういうものだったわけです。
サービス網を行き届かすことで、そこにあらたに住民が住みついて、繁栄し、税金を納めてくれればよいのです。


しかし限度がありました。
考えてみると、そのモデルが成立するには、全体としての人口が増えていくという前提があったのです。

人口が減りだすと、お金を出す側の負担から苦情が出て、サービス網を広げることはできなくなりました。
たとえば、国鉄の地方路線は、広がらなくなったと思ったとたんに、今度はなだれをうって縮小に向かい始めましたね。


そう考えてくると、今の日本の人口の減り方では、他のことでも、同様の流れになると見込まれます。
縮小されたものは、民営化され、それでも採算が見込めなければなくなります。

学校も、縮小の流れが明らか。
ハコ物や病院などの運営も、公設民営などという旗印で、だいぶ官から民に移されてきました。


鉄道も郵便も、ということは物流も通信も、もともとは官の仕事でした。
ちなみに、軍隊風の制服を着ていたものは、たいていそうだといっていいのです。

残るは、警察と軍事ぐらいでしょうか。
それらがどんな形になるのか。
遠い先のことでもないと思います。
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by 50TEMPEST | 2011-08-21 22:47 | 見て聞いて考えた

教えるとは希望を語ること

市川猿之助さんが好きで、色紙にもよく書く言葉として、番組の中にちょっと出てきました。

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 教えるとは 希望を語ること

  学ぶとは 誠実を胸にきざむこと


    フランスの詩人ルイ・アラゴンの。
    詩集『フランスの起床ラッパ』の中の
    「ストラスブール大学の歌」の一節

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大島博光さんの名訳が力を持っていたということでしょうか。
けっこう人口に膾炙し、それとともに一人歩きもしているようですね。
希望のところ、誠実のところが、他の言葉になってしまうこともあるようです。




 ストラスブール大学の歌

陽の色に輝やくカテドラル
ドイツ人どもに囚われながら
おんみは倦むことなく数える
めぐる季節を 月日を 流れる時を
おお ストラスブールのカテドラル

学生たちは別れを告げて逃れ出た
アルザスの空翔ぶ鵠鶴と
おんみの薔薇形窓の思い出を
いっぱいつめた背負袋を肩に
それは ながい別れとなる

教えるとは 希望を語ること
学ぶとは 誠実を胸にきざむこと
かれらはなおも苦難のなかで
その大学をふたたび開いた
フランスのまんなかクレルモンに
古今の学に通じた教授たち
審判者の眼差しをもった若者たち
君たちはそのかくれ家で
大洪水の明けの日にそなえた
ふたたびストラスブールへ帰える日に

学問とは永い永い忍耐
だが今 なぜすべてのものが黙っているのか
ナチどもははいりこんできて 殺している
暴力だけがやつらのただ一つの特性だ
殺すことだけがやつらのただ一つの学問だ

やつらは鉄の拳で撒き散らす
われらのかまどの灰までも
やつらは手あたりしだい撃ち殺す
見よ 教壇にうつ伏したあの屍を
友よ 何を われらは何をなすべきか

「無垢な幼児たち」の大虐殺を
もしもヘロデ王が命じたとすれば
それは君らのうちよりひとりのキリストが
あらわれでて 美しい血の色に
目覚めるのを怖れるからと 知れ

ストラスブールの息子たちはたおれても
だが 空しくは死なないだろう
もしも 彼らの赤い血が
祖国の道のほとりにふたたび花咲き
そこにひとりのクレベエルが立ち上るなら

今よりはかずかずのクレベエルたち
それは百人となり 千人となり
つづく つづく 市民の兵士たち
われらの山やまに 町まちに
義勇兵とパルチザンたち

われらはともに行こう ストラスブールへ
二十五年まえの あの日のように
勝利はわれらの頭上にあるのだ
ストラスブールへ だが何時と君たちは言うのか
よく見るがよい 震えおののくプロシャ人どもを

ストラスブールの プラーグの オスロオの
三つの受難の大学よ
よく見るがいい 銃をうつやつらの姿を
奴らはもう知っている 逃げだす日の近いのを
敗北こそ 奴らのさだめだと

よく見るがいい 奴らがおのれの運命を知り
士気もおとろえた その姿を
死刑執行人どもこそ罪人にかわるのだ
やつらに戦車と手先があろうと
やつらを追いだすのだ 今年こそ

武装を解除された英雄たちよ 武器をとれ
ストラスブールのためフランスのため世界のため
聞け あの深く どよもし どよもす
フランスの声を 祖国の声を
鉤 十 字の殺人どもは滅びるのだ

陽の色に輝やくカテドラル
ドイツ人どもに囚われながら
おんみは倦むことなく数える
めぐる季節を 月日を 流れる時を
おお ストラスブールのカテドラル
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by 50TEMPEST | 2011-08-17 09:44 | どこかで知った名言・至言

JK氏の場合・・・交流分析的仮説

◆JK氏の生い立ち
彼は政治家です。その国の歴史上、選挙として最年少の大統領に就任し人気がありましたが、次の任期への運動中、暗殺されました。

もともとはアイルランド系移民の家に二男として生まれました。
父は富裕な実業家で、政治に意欲を持っていました。有力者として英国大使になりましたが、それ以上にはなれませんでした。

そこで、息子たちに、その思いの実現を託しました。
長男は優れた人で、当人もそのつもりでしたが、第二次大戦で亡くなりました。
お鉢は、そんな気はなかった彼に回ってきました。

彼のほうは、生まれつき背骨に障害があるなど、もともと体が弱く、副腎機能不全などもありました。
学校の成績もよくありませんでした。
人には好かれるほうだったようです。
そして、ハンサムで、何より女好きでした。

体に問題がありましたが、父のコネを使って海軍に志願しました。
当然国内勤務に回されながら、問題のある女性と関係ができ、やむなく魚雷艇長として前線に出されました。
日本軍艦と衝突して部下とともに泳いで生還し、勲章をもらうというエピソードが生まれました。

その後、長男を失うことになった父は、二男である彼に選挙出馬を求めました。
下院議員、上院議員と、資金力に物を言わせ、怪しい関係も使いながら、父は当選を勝ち取っていきました。

彼自身も、その過程で、自分を政治家として成長させていきました。
ただし、そのあたりでも、M・モンローらとの、不倫関係はお盛んになっていたようです。

大統領就任後は、ソ連との緊張した国際情勢にあって、外交政策や宇宙競争に果敢な判断を示しました。
国内でも人種差別撤廃などに手を打ちました。

次の任期に向けての選挙戦中、オープンカーを狙撃され、短い生涯を閉じました。


小学生の私にとっては、世界のリーダーとしてカッコいいと感じる人でしたし、海底ケーブルによる日本とのテレビ同時中継が始まった最初のニュースが彼の暗殺事件であり、劇的な印象があります。


◆JK氏の人生脚本

禁止令: 存在するな 成長するな 健康であるな
ドライバー: 強くあれ 他人を喜ばせろ

彼の人生のテーマは、「親でも兄でもなく、私は私の人生を生きるんだ」でしょう。

アイルランド系カソリックとして、父親はとても強い力を持っていました。
自分の叶わなかった、家族から大統領を出すという夢を、息子に託しました。

このメッセージは強烈で、二男が在任中暗殺された後は、三男が受け継ぎます。
そして、選挙戦中に暗殺されます。
さらに、四男に受け継がれましたが、こちらはスキャンダルでタイミングを逃しました。

彼の妻は、某大金持ちと結婚するという形で、子どもを連れて、そんな環境から逃れました。

さて、兄は優秀な人で、当然その道を行き、実現するだろうと目されていたようです。
長子は、小さい頃から、それなりの扱いを受けていただろうと思います。

となると、以降の子供は注目が薄くなります。
それを肯定的に受け取って、のびのびと生きる面と、否定的に受け取って、かまってもらう種を身につける面が出てきます。
彼の体の弱さは、その後者に当たるかもしれません。

親から「いらぬ子」と思われた場合、「存在するな」というメッセージが無言のうちに与えられます。
子どもは、それに対抗して生きていくために、別のメッセージを固く守ります。
彼の場合は、「強くあれ」だったのではないか。

出なくてもよい前線に出たがったのも、オープンカーなどでパレードしたのも、もしかしたら「存在するな」が働いていたかもしれません。

そして、果敢な政策をあれこれと打ち出しました。
また印象的な数々の演説も、今に残っています。

彼の国の大統領を見るのに、強い大統領と弱い大統領に分ける見方があります。
東西冷戦の中、ストレスも大きかったことでしょうが、彼は、明らかに強い大統領なのです。

最年少の大統領、初めてのカソリックの大統領、任期中の暗殺。
彼はドラマチックに時代を駆け抜けました。


彼の人生の根底にあったのは、強い父の影響を受けつつ、そこから逃れようという心の葛藤だったのではないかと思います。


                  *****
参考:
12の禁止令
1.存在するな
2.男(女)であるな
3.子供であるな
4.成長するな
5.成功するな
6.何々するな
7.重要であるな
8.属するな
9.近づくな
10.健康であるな
11.考えるな
12.感じるな

5つのドライバー(駆りたてるもの)
1.完全であれ
2.強くあれ
3.一生懸命やれ
4.他人を喜ばせろ
5.急げ

※これは交流分析(TA)の応用を考えるためのフィクションストーリーです。
ジョン・F・ケ〇ネディ氏を評価分析するものではありません。
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by 50TEMPEST | 2011-08-16 12:09 | 日々の交流分析

トップとのコミュニケーション不足

菅首相と海江田経産大臣との、ボタンのかけ違いがひどいことになっています。


九州電力玄海発電所の稼働再開に向けて、海江田氏が動き回って懸命に根回しし、目処がたったところで首相が全部の原発でテストをするのだなどと言いだす。

おかげで、地元首長はへそを曲げるわ、九電の「やらせ」問題がクローズアップされるわ、さらにその火元は佐賀県知事だなどという話も出てきて、なんだか茶番の大騒ぎに発展。
なんだかなあ、としか言いようがない。


部下が戦線でがんばっていると、上司が違うことを言いだす。
「おいおい、聞いてないよ」

これぞ、必殺「はしごはずし」。
世の中によくある話ではあります。

というより、会社などでは日常茶飯事かな。
これほど見事な「はしごはずし」は、なかなかありませんが。


日常に追われていると、自分がこうしていることは(今回は特に、これだけ報道もされているから)、上は「わかっているはずだ」と思いこみます。
ただ、上には上の事情もあるのです。


復旧のゴールと手順のイメージが共有されていれば、こんなことは起こらなかった。
つまりは、両者のコミュニケーション不足によるわけですね。

しかし、ややもすると、「わかっているはずだ」でなく、「わかっているべきだ」と思い始める方もある。
それではストレスも倍加します。

結局、相手を責める気持ちになっても、何の解決にもなりません。
こんなことにならないために、どうすればよいか、と学ぶしかないのです。
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by 50TEMPEST | 2011-08-11 10:12 | 見て聞いて考えた

五山の送り火騒動に

津波で倒れた陸前高田の松の木を京都五山の送り火に使うというアイデア、主催団体がいったん取りやめを決定したものの、人々の抗議を受けて、また実施することになったようです。


中止決定となったのは、放射線が不安との声があがったこと。
陸前高田は岩手県であり、問題になるほどの放射性物質が飛ぶとは思えない。
また、実際に調べて「不検出」だったにもかかわらず、そんな決定になってしまったのです。

やるならやるで、そちらにも反対の声やら抗議があったのでしょう。
手順をふんだ論理的な話し合いをせず、また誰かがリスクをとらないと、新しいことを始めようという話がこんな決着になることはよくあります。


そして、いろいろ報道されると、今度はまた一転してやることに決める。
反省するのは悪くありませんが、後味が悪いですね。

だいたい反対論というものは、声の大きいもの。
公共的な領域では特に、問題の起こらないよう丸く収める方に流れがちです。

何が大勢の声なのか、WIN-WINでまとまるにはどうすればよいか、議論を「見える」化していくだけで、整理できることもたくさんあるのです。
そうした技が、会議ファシリテーションです。
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by 50TEMPEST | 2011-08-10 10:19 | 見て聞いて考えた

日本心理医療諸学会連合(UPM)第24回大会で

今日、日本心理医療諸学会連合の大会に、はじめて参加しました。

症例検討会として、ひとりの心療内科的な症例を、各学会の代表がコメントするという企画がありました。

・認知行動療法の立場から
・交流分析の立場から
・自律訓練法の立場から
・精神科医の立場から

各派の対応の違いが浮き彫りになり、とても興味深く聞きました。

私の専門が交流分析だからと肩を持つわけではありませんが、交流分析代表、花岡啓子先生のプレゼン内容がすばらしかった。

交流分析の各理論からの見立てを、それぞれ関連付けて述べられましたが、実にスッキリ、患者さんのプロフィールと対応法が描き出されました。


交流分析の7つの理論は、一見バラバラの感じなので、私のようなノンクリニカル育ちは、それを統合して考えることに弱くなりがち。

あらためて、実践的に考えることの重要性を意識しました。
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by 50TEMPEST | 2011-08-07 23:32 | コーチング,カウンセリング

夢は叶えるために

「夢は叶えるためにあるのかな、と思います!」

NHKスペシャルでの、澤 穂希さんの言葉。

それは確かにそうでしょう。
でも、彼女が言うと、強さが違う。


ところで、「ドリーム」というのは、日本語の「夢」と少しニュアンスが違うんだろうな、と思います。

日本語で「ゆめ」というと、はかない感じが立ってしまう。

「ドリーム」というと、そっちに向かって進むぞ、という感じ。
もちろん寝て見るのも「ドリーム」なのですが。
思い描いたものすべて「ドリーム」らしい。


夢は叶えるためにあり、北極星として行くべき先を示すのですね。
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by 50TEMPEST | 2011-08-02 10:56 | どこかで知った名言・至言