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人の向上心と交流分析

淑徳大学エクステンションセンターの公開講座「ビジネス人のセルフマネジメント」に参加してくださった方から、ご質問をいただきました。

Q:
交流分析で考える『向上心の発生』はどのように起きるのでしょうか?
人は『今の自分』と『なりたい自分』このギャップを埋めることを目的として向上心が生まれるものだと思っています。
(この考えもなんかの心理学理論に基づいた考えだと思いますが)
『今の自分』を認めた場合、どのように人は発展していくのでしょう?
今の自分のクセなどに気付き、良いところを伸ばし、悪いところを修正する。
強い向上心は派生しないという事なのでしょうか?

A:
そうですね。
確かに今回は特に、そうした流れでお話ししましたね。

人間観の話かなあ、と思います。
交流分析に成長を説明するモデルはありません。
もともとカウンセリングから生まれたものです。
向上しなくてよいというわけではなく、いわばマイナスの気持ちを持っている人にまずはゼロラインまで戻ってもらう必要があるために、自分を認めることのほうが強調されてきたのではないでしょうか。

ギャップのモデルは私自身もわかりやすくて好きですし、たとえば新人研修などでもそれを使って語ってもいます。
ただし、必ず言っているのは「皆さんは今ゼロのところにいるわけではないよ、多くのものを持っているし、すでに途中まで来ているのだよ」ということです。
それは、かなり多くの若い方が、自分を否定的に見て、「自分は何も知らない」と焦る様子を見てきたからです。

私はこう考えています。

建設的な向上心は、自分自身が安定すれば、自然と生まれてくるもの。
逆に、心の安定なしに、向上、向上(人によっては成功、成功)と奔るのには問題があります。

I'm not OK のスタンスで、向上しなければ…と自分を追い立てたるのはハッピーではない(短期的にはずみにするのは否定しませんが)はず。
しかも、完全でなければ…といった形で、向上が自己目的化したり、時に副作用に悩んだりするなどは、まったくおかしいですよね。
そもそも、向上という場合、何が「上」なのかは、価値観の物差しによるのですし。

赤ちゃんは、お母さんの胸から、少しずつ外の世界に触れてはまた胸に戻ることを繰り返しながら成長していきます。
支えてくれる視線を感じるから、つまりI'm OKの部分を持つからこそ、冒険ができるのでしょうね。

当人が強く向上したいと思うなら、それもOK。
ギャップを埋めようとする心として説明することと、食い違うものではありません。
ただ、何をはずみにするか、どこまでいこうとするか、「自分で決めていいのです」、というだけのことです。
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by 50tempest | 2012-04-07 08:14 | 日々の交流分析