水面上に見えている部分を「コンテンツ」、水面下を「プロセス」と考えましょう。
一人の人間についてみれば、コンテンツは知識や技能であり、プロセスは能力や態度や考え方でしょう。
教育とは、対象者の知らないもの(コンテンツ)を新たに与えるものか、それとも対象者が潜在的に持っているもの(プロセス)を発現させるものか、と考えることがあります。
企業研修(教育)について、少し前までの私の考えは、「教育=知識の付与」でした。
その後、知識からスキルの付与へと関心が移り、そうなると手法として体験学習的なものになっていき・・・、と自分なりに色々やってきて、今の自分の関心はかなりプロセスのほうにあります。
コンテンツとプロセスが明確に切り分けられるものでもないでしょうし、また教育にもそれぞれねらいがあるわけですが、かつての私にはなかった発想なので、自分の変化をおもしろく感じています。
エデュケーションを「教育」と言っているように、日本の教育の主流の考え方も「知らないものを新たに与える」ほうですね。少しずつ変化はあるようですが。
すぐれた彫刻家は、石の塊の中にその像が見えるのだそうです。その中から、取り出して命を与える作業をするのだそうです。
エデュケーションとは、もともとは「引き出す」という意味だと聞きました。教育ももしかしたら、その彫刻のイメージが重ねられそうに思います。
「知らないもの(コンテンツ)を与える」ということも、その教える内容を見えないノミと考えれば、「潜在的に持っているもの(プロセス)を発現させる」意味が出てきそうです。
教える側の意識次第なのかも知れませんね。
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