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ゆめ芝居 それがしの申しますことひと通り・・・

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携帯メール1行詩のおすすめ

メール一行詩」という新書を見つけ、自分でもやってみています。

要領は、メールを五、七、五の形で作るというだけ。季語はいりません。
要は、折に触れ気持ちを定型に乗せてやりとりしましょう、ということです。
本には、恋人や友人との間を想定した例が出ています。

もっとも、私が携帯メールのやりとりをするのは、ほとんどカミさんとの間なので、

 夜少し、遅くなります。飯不要。
  ↓
 夕飯は、○○(娘の名)もいらないから、ちょっとラッキー!

なんて調子で、味も何もありませんがね。

単なる事務連絡でなく、多少は気持ちをこめたやりとりになることと、なにがしか頭の体操になることがいいところです。特に返信がしっかりあることって大事かもしれません。

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by 50TEMPEST | 2006-08-30 08:29 | 見て聞いて考えた

人の生き方を決めるもの ドライバーって?その3

浅田次郎の作品集「月のしずく」に、「ピエタ」という短編があります。つい先日読んだのですが、これ、ドライバーについての教科書みたいな話です。

離婚して去っていくとき、母親が子どもに向かって「いい子でいなさいね」なんて言い残す。よくありそうですね。
主人公の女性は「いい子でいれば、母親は帰ってくる」と思い定めるのです。母親は、帰ってくるとまでは言わなかったのですが…。

その一言が、その女性の人生を決めました。常に、母親が期待するであろう選択をし、行動をして生きていきます(人生脚本といいます)。
あえて良くない行動をすることもあります(反転脚本といいます)。でも大きくは逸脱できずに暮らします。
そして、それなのに帰ってこない母親を恨みます。

母親がイタリアに住んでいることを突き止め、彼女は会いに行きます。
ぎこちない会話の末に、彼女は母親も懸命に生きていたのだと知り、その人生を受け入れられるようになります。
同時に、自分を縛っていたものから自分を解放します。自分のリソースに気づき、自分自身の本来の選択によって生きようと決心します(脚本の書き換えといいます)。

彼女のドライバーは「一生懸命やれ」でしょう。「強くあれ」もありそうですね。

   *          *

5つのドライバー(駆りたてるもの)
1.完全であれ …Be perfect!
2.他人を喜ばせろ …Please me!
3.一生懸命やれ …Try hard!
4.強くあれ …Be strong!
5.急げ …Hurry up!


人の生き方を決めるもの ドライバーって?その1


※自分の整理と説明のネタ用に書いています。記事に出てくるケースはフィクションです。

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by 50TEMPEST | 2006-08-26 18:09 | 日々の交流分析

若く見える?

近頃何度か、前より若く見えるとか、生き生きしているようだとか言われることがありました。
お世辞半分でしょうが、オジサンとしては悪い気はしません。

むしろ、自分としては心当たりがないので、何がそう感じさせているのだろうと、考えてしまいました。抱えているストレスや、健康状態に大した変化がないとすれば、まあ、見てくれの問題でしょうか。

歩き方に注意はしています。おへそを縦に伸ばして、ひざ裏を伸ばし切るように歩くのです。KIMIKOさんに教わったウォーキングが、身についた感じがあります。
そういえば、昔は、考え事をしながら、数歩前を見て歩くスタイルでした。何となく背を丸めていたのでしょう。お疲れですね、なんて言われたこともありました。
不思議なもので、今の歩き方では落ち込みようがありません。気持ちのモヤモヤがあるときは、意識してこれで歩くと、少なくともその間は忘れます。まことに心と身体はひとつだと思います。

颯爽と歩いていれば見た目がよくなり、気持ちも明るくなり、(心に悩みの種はあっても、)人様は好感を持って見てくれる。それがまた、こちらにフィードバックとして伝わる、自分に自信が出る…、という好循環かもしれませんね。


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by 50TEMPEST | 2006-08-24 08:25 | 見て聞いて考えた

人の生き方を決めるもの ドライバーって?その2

最近話題の、ボクシングのK兄弟を見ていると、彼ら、特に長男は、自分自身というより父親の人生を生きているような気がします。
彼が人前でとる挑発的なポーズや言動と、じっくり時間をとったインタビューの中でふともらす言葉との間には、ずいぶんギャップを感じるのです。

計算ずくではなく、父親からドライバーを強く受けて、そうすべきものと思い込んでいるのだと思います。父子家庭という特殊な環境の中で、それは強化されてきたのでしょう。

このように、人がとるドライバー行動は、日常の断片に見て取ることができます。
それは、実はその人の生き方(人生脚本)そのものの、ミニチュア版と言えるのです。

人はさまざまな生き方(人生脚本)を持っています。それは生きる上で、日々発生するコミュニケーションや判断などの際の、行動の選び方として表れます。そして、その結果としてもたらされることによって、生き方や考え方はさらに強化されていきます。

癖の強い生き方をしている人は、ドライバーを見つけやすいです。K長兄君はどうでしょう。そんな観点で、まわりを眺めてみてください。
また、自分自身の日常の断片からもドライバーをさがしてみてください。

   *          *

5つのドライバー(駆りたてるもの)
1.完全であれ …Be perfect!
2.他人を喜ばせろ …Please me!
3.一生懸命やれ …Try hard!
4.強くあれ …Be strong!
5.急げ …Hurry up!


人の生き方を決めるもの ドライバーって?その1


※自分の整理と説明のネタ用に書いています。記事に出てくるケースはフィクションです。

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by 50TEMPEST | 2006-08-22 07:56 | 日々の交流分析

人の生き方を決めるもの ドライバーって?その1

人の生き方を決めてしまうものには、「ドライバー」と言われるものもあります。

前にご紹介してきた「禁止令」は、ごく幼少期(言葉も理解できない時期も)に、親の態度など言語以外の要素を通して、親からのメッセージとして受け取ってしまうものです。これは親自身の子供心(Cの自我)から発して、子どもの子供心(Cの自我)で受け取られます。たとえば、「危ないッ!」といった感情が、「(親の認めたこと以外は)するな」というメッセージとして、子どもに受け取られるのです。

これに対して「指示」は、言葉がわかるようになった子どもに、親の言語のメッセージとして伝えられるものです。これは親の親心(Pの自我)から発して、子どもの親心(Pの自我)で受け取られます。親は親自身の反省も含め、理想論を言って聞かせます。たとえば、「(人と言うものは)~すべきだ」と言います。子どもには「そういうものなのだな」と受け取られるのです。言葉で繰り返し親から言われることによって、そうせざるを得なくなるわけです。

さて、禁止令は基本的に子どもの素直な感情や行動の発露を制約するものですが、その中でも特に子どもの人生を制約的に決めてしまう12の禁止令がありました。
指示の中にも、子供の人生を制約的に決めてしまう強い5つがあり、これを「ドライバー」と言います。
子どもについて見れば、自分の感情面からは禁止令が束縛し、価値観や観念の面からはドライバーが束縛することになります。そうして自分の存在をまるごと認められる充実感を持つことができず、窮屈な人生を送るのです。


「指示」のことを拮抗禁止令という言い方をすることがあります。
拮抗禁止令とは、「その禁止規則さえ守っていれば、子供の自我状態が受けている禁止令を無視することができるという禁止令」という意味で名づけられました。
たとえば、「存在するな」という禁止令を受けた子供は、生きている者として、とてもつらいメッセージを受け取ってしまっています。ですから、そのかわりに、後で受け取った「~しろ」というメッセージにすがって、「~するから、生きていていいでしょう」と、自分をあおるのです。

T.ケーラーは、拮抗禁止令として「完全であれ・強くあれ・もっと努力せよ・他人を満足させよ・急げ」の5つを整理しました。
その後の研究で、親のPからのメッセージにはたくさんあり、必ずしも上記のような禁止令とのセットとは限らないことがわかってきましたが、拮抗禁止令という名称は残りました。ケーラーの5種の拮抗禁止令は、特に強い影響のあるものとして、今はドライバーと言われるのが普通です。


さて、人は自分の生き方に、ドライバーをどれか、たいていは複数持っています。大人になっても、ドライバーはさまざまな局面で顔を出します。それは親が背後霊になって、命令し、あおっているようなものです。

禁止令が「Don't」の形だったのに対し、指示は「Be」や「Do」の形をとるのですが、この5つのドライバーは実質的に「Don't」同様、現状否定のニュアンスを含んでいるのがおわかりでしょうか。つまり、「するな」も「しろ」も、「今のお前はだめ」だからというのが前提にあるのです。

ドライバーが強いと、子どもは親からこれらの命令を押しつけられ、「この命令を満たした時は愛されるが、そうでなければ愛されない」という強迫観念に責められます。
しかし、その合格ラインははっきりしません。そのラインは実は自分自身の心の中にあります。ですから、たとえば、どれだけ完璧であろうとしても、強くあろうとしても、そこで十分ということは実はありえないのです。「ドライバー」という所以がここにあります。

大人になっても、様々な時に、人はドライバーに従った行動をとります。それは親の指示に従って感心を引こうとする行動と同じです。しかし、そうした(たとえば一生懸命やろうと)としても十分には満たせないのですから、ストレスフルな時など、心の中の親の指示を満たせない自分は満足すべき者ではないということになって、みずからストレスを大きくすることがあります。

そういうことを繰り返して、人は自分に対するイメージを悪くし、その結果として人生を狭めるのです。ですから、自分のドライバーを知ることには意味があるのです。

   *          *

5つのドライバー(駆りたてるもの)
1.完全であれ …Be perfect!
2.他人を喜ばせろ …Please me!
3.一生懸命やれ …Try hard!
4.強くあれ …Be strong!
5.急げ …Hurry up!

(続く)


※自分の整理と説明のネタ用に書いています。記事に出てくるケースはフィクションです。

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by 50TEMPEST | 2006-08-21 08:08 | 日々の交流分析

人の生き方を決めるもの 禁止令って?4

12の禁止令を順に説明してきました。禁止令というものを知ることで、子育て場面での責任が意識されるようになってもらえれば幸いです。
なお、人の生き方を決めてしまうことについて、影響の大きいもの12個が整理されているということであって、12に限定されるものではありません。

12の禁止令
1.存在するな …Don't do that
2.お前であるな 男(女)であるな …Don't be the sex you are
3.子供であるな …Don't be child
4.成長するな …Don't grow
5.成功するな …Don't succeed
6.何々するな …Don't do that
7.重要であるな …Don't be important
8.属するな …Don't belong
9.近づくな …Don't love. Don't trust
10.健康であるな …Don't be well
11.考えるな …Don't think
12.感じるな …Don't feel
        *          *
 
自分が持っている禁止令は、自分ではわかりにくいものです。これまで書いてきているように、親が言葉以外で無意識に発しているメッセージがもとになっていますし、親の意図どおり受け取るとも限りません。
また、何かで隠されていることもよくあります。たとえば、「存在するな」という禁止令を受け取ってしまった子どもは、他の機会に与えられた別のメッセージのほうに忠実になることで、自分の存在を保とうとするのです。

Aさんは離婚した母親の女手ひとつで育てられました。その過程で、母親は「この子さえいなければ」と何度もため息をつきました。赤ちゃんのAさんにとっては、存在の危機です。母親の愛情を確保しなければ生きていけません。
少し物心がついて、母親から「何事にもがんばりなさい」と言い聞かされたとき、Aさんはそれを取り込み、生き方の骨にしました。一生懸命やるから生きていていいでしょうというわけです。Aさんは文句なしのがんばり屋さんです。それは、彼の生き方の陰に禁止令があるのです。

禁止令よりも少し後に、言葉が理解できるようになってから、言葉として言って聞かされるメッセージを「指示」と言います。親は良かれと思い、あれこれと子どもに言いますね。そしてその中でも、やはり人の生き方を強く決めてしまうものがあり、これを「ドライバー」と言います。
Aさんは、「存在するな」の禁止令に従わないかわりに、「一生懸命やれ」というドライバーを取り込んだのです。

親の子殺し、子の親殺し、気の滅入る事件が多発しますね。これらの背景には、何らかの親の育て間違いがあると思います。
子どもは親を見て育つのです。有形無形、親が与えるものから自分の生きる脚本を作るのです。親は、おおらかに愛情をこめて子どもを育てて欲しいものだと心から思います。

         *          *

ドライバーについて、またシリーズでご紹介していこうと思います。

5つのドライバー(駆りたてるもの)
1.完全であれ …Be perfect!
2.他人を喜ばせろ …Please others!
3.一生懸命やれ …Try hard!
4.強くあれ …Be strong!
5.急げ …Hurry up!



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by 50TEMPEST | 2006-08-18 07:18 | 日々の交流分析

ラ・ヴォーチェ公演 椿姫

La Traviata ~椿姫~ 

平成18年8月13日 日曜 新国立中劇場

ヴィオレッタ/マリエッラ・デヴィーア
アルフレード/ジュゼッペ・フィリアノーティ
ジェルモン/レナート・ブルゾン

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この話は、3人の登場人物が、無意識に相手を自分の思ったように操ろうと考えたことから生まれた悲劇なのだと思いました。

ヴィオレッタは、まともな暮らしにあこがれていました。アルフレードと会って、ついふらふらと堅気の暮らしに入りますが、もともと貧乏暮らしから這い上がるために高級娼婦になったのですから、好いた男との暮らしもセレブ志向でしかあり得ません。しかし男に経済力はないし、田舎者で世の中を知らないボンです。自分が財産を処分するしかありません。自分の財産ですからどうしたっていいのですが、そうした台所の苦労もすべて自分が背負い込んで、男をボンのままでおこうとしています。
別れるようジェルモンに説得されてからも、男にちゃんと事情を説明することなく、木で鼻をくくった手紙で丸め込もうとします。

アルフレードは意識だけは男です。愛のすみかも自分で回っていると思っています。親への無心以外に何もできないくせに、女は自分の思うとおりになるものという思い込みがあります。親も当然自分の愛を認めるだろうと思い込んでいましたが、強い反対にあってすっかり面食らいました。加えて自分をないがしろにするかのようなヴィオレッタからの縁切り状に、前後のわきまえもなくなり、すっかり女を悪者と考えてしまいます。

ジェルモンは、行い正しい大人。正義は自分にあることを疑いません。ヴィオレッタのイメージが、当初持っていたものとはだいぶ違ったとしても、結局は自分の家を乱す不行跡者です。息子とは別れさせなければなりません。自分の言うことを聞くように、まずヴィオレッタを丸め込みます。返す刀で次はアルフレードを説得しようとします。

三者三様に、相手ときちんと話すことなく、自分だけで思いを背負って相手を意のままにしようとしています。相手の存在や解決能力を軽視(ディスカウント)しています。
そして、この3つの思いが掛け違い、破局を迎え、そのしわ寄せが立場の弱いヴィオレッタに主に回ったということでしょうね。

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さすが大物同士というか、デヴィーアとブルゾンの掛け合いでは、歌い合うというだけでなく、しっかり会話している感じが伝わりました。
特にブルゾンの表現力には脱帽でした。

上のようなことを色々考えたのも、おなじみの歌が歌として流れるのでなく、リアルな芝居を見ているように感じられたからでしょう。

歌の力を、またひとつ感じてしまいました。


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by 50TEMPEST | 2006-08-16 07:51 | 歌舞伎,オペラ

プレイバックシアターを見てきました

プレイバックシアターを初めて見ました(NPO法人プレイバック・シアターらしんばん タイニイアリス公演 平成18年8月14日)。
場内の誰かの語る経験などを、役者たちが即興で再現してみせるという演劇の形です。

自分の記憶を客観的に見るというのは、色々気づきがあると思います。
たとえば、テレビの「笑っていいとも」で今、出場者(視聴者参加)の愛の告白シーンをタレントが再現して見せてくれるコーナーがありますが、あんなものでも、あらためて見ている出場者は何かをつかむかもしれませんね。

場内は、小劇団公演とそれを見に来た親類知人という雰囲気でした。
私はプレイバックシアターを心理学の面から知ったので、ちょっと構えて見たせいか、思っていたほど深いものには感じられませんでした。
普段は主に医療や教育の場でやっている団体とのことですから、今回の小さなホールでの公演が彼ら本来の雰囲気を伝えたものだったかどうかはわかりません。

コンダクター(進行役)とアクター(役者)の腕に関わる部分も多いでしょうが、はまればすごいことが起きそうです。
私は語り手の顔を時々眺めていましたが、彼らの中で何らかの整理と再評価が行われているようにはうかがわれました。

またおもしろく感じたのは、役者さんが表現に入っていくとき、主人公の心理描写に回る人、周りで起きていることを表現するほうに回る人など、スッと分担ができることでした。大きな決め事のようなものがあるのかもしれませんが。
別の場でも、少し深刻な話題も含めて、また見てみたいと思いました。

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by 50TEMPEST | 2006-08-15 08:06 | 見て聞いて考えた

聴くトレーニング

「聴き方3態」などといって、聴き方を変えて体験してみるワークがありますね。
私自身も、講師としてよく使います。

先日、ひさしぶりに自身でやってみる機会がありました。
①横を向いて、無反応で聞く
②正面を向いて、無反応で聞く
③正面を向いて、あいづちやうなづきをして聞く
まあたいていは、③が話しやすく聞きやすい、だからちゃんと聞きましょうね、という結論になります。

ただ、参加者から、「最近若い人から『②が一番よく聞ける』という意見が出ることがある」との発表がありました。これはおもしろい指摘です。
それって、どうなんでしょうね。私などは、②では相手の視線に耐えられず、目がさまよってしまったのですが。

ところで、考えてみると(②が聞きやすいかどうかは別として)、③は話がはずむようですが、本当に聴けているとは限らない気がします。
話す側にとっては話しやすく、聞く側にとっても自身のアクションとともに話し手の様子も視覚情報として入るので、話が盛り上がっていくのは確かでしょう。
しかし、聴くというのが、言葉面でなく話し手の心を知ろうとすることならば、アクションや盛り上がりとは違うように思えます。

話がはずむ分、聴けてないことがありそうです。また、その時は聴いていても、心に残っていないなんてこともありそうです。
交流分析的に言えば、「ひまつぶし」には③が適しているが、「親密」には必ずしも適しているとは限らない、ということになりますか。

電話コーチングが成立するのも、視覚情報がないことで、情報収集が鋭敏になるのではないかと思います。
コミュニケーショントレーニングとしての「聴き方3態」は、導入のワークとしては良いものですが、「聴く」ことそのもののトレーニングはまた別物と、心してかかるべきだと思いました。


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by 50TEMPEST | 2006-08-12 07:06 | 仕事の記録

図と地

「図と地」という考え方があります。
例によく挙げられるのは、ゲシュタルト心理学の「壺」の絵などです。正面の物にピントを合わせるか、周りの物のピントを合わせるかで、何か別の物が見えるというやつです。

たとえば、足元のツユクサに目がとまって立ち止まったとします。周りを見回すと、そこには一面に花が咲き乱れていた。ああ、夏だなあと感じます。
このとき、ツユクサが図で野原は地です。周りに目が行ったとき、図と地が入れ替わったことになります。

また、「図と地」の考え方は、人は物事を見る時なにごとも背景があって見ている、背景にある物との対比において見ている、ということの表現にも使われるようです。

自分でもよくわかっているとは言えないのですが、この考え方は、何か色々なことにフレームとして使えそうな気がしています。
これまで時々書いている「氷山思考」のような使い方ができないかな、と考えています。


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by 50TEMPEST | 2006-08-11 08:00 | 見て聞いて考えた