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前立腺がん手術日記【退院後編】

前立腺がん 手術日記

前立腺がんで前立腺の全摘をしました。
自分自身の心覚えという意味もありますが、似たような境遇にあり、これから方針決めなどという方にも何か参考になることもあるかと思い、記録しておきます。


【退院後編】

3月19日 火曜 術後12日

手術前にどうしても入れざるを得なかったアポイントに出かける。
薄型のパンツ型と三角型パッドを併用。出先でパッドを交換しながら対応。1時間半ぐらいは対応できた。
外からはわからない。こちらは、パッドがどれだけもってくれるか、頭の一部で不安が走る。もし、持ちきれなくなっても、パンツがあるので、漏れ出すことはないと確認できた。

夜は念のため、パンツ型と尿とりパッド(巻き型)を併用。
目覚めて自力排尿する形が、うまくなってきた。

風呂は、先に誰かにはいってもらい、浴室をあたためてから、シャワーを使う。


3月20日 水曜 術後13日

終日、退院お知らせメールなどを描いたりしてすごす。

パッド類をいろいろ試している。
夜使っているパンツ型には漏れ出していないようにみえる。
ブリーフと三角型パッドで後ろ漏れあり。

ここで三角型パッドといっているものは前あて式である。粘着式になっていて、ボクサー型のパンツなど、ぴったりした下着に貼りつつ、中で漏れてくる尿を吸収する。これを使えば、外から見てかさばらないし、足の動きにもじゃまにならない。尿もれパッドというような商品名で、何cc持てるのか、いろいろ種類がある。
病院の売店にあって、入院中から使ってきたものは筒を巻く型である。巻くと、その部分がふくらんでしまう。巻くだけでなく、いわゆる「おしめ」のように前にあてることもできるが、それだと足の付根がごわつくので、外歩きには適さない。尿とりという商品名になっている。呼称の違いが、スペックの違いであるのかもしれない。

どちらにしても、保水力だけでなく、匂いも出さないのはすばらしい。昔は布のおしめだったろうから、どれだけ楽かしれない。


3月21日 木曜 術後2週間

前夜に替えた紙オムツで、翌日1日過ごしてみる。何の問題もなし。

尿取りパッドの消費はばかにならない。64個パックが心強い。
また、ゴミ出しの際、水分を含んでずっしりと思いゴミ袋を出すことになる。

排尿コントロールに役立つ括約筋の体操を、ネットで見つけた。


3月22日 金曜 術後15日

アフラックの保険の請求書類を書く。
生検の時は入院給付だけだったが、今回手術給付をもらうには、病院に書いてもらう紙が必要とわかった。
病院の支払いは個室の差額ベッド代合わせて23万円弱。これは高額療養制度のおかげ。
アフラックからは、手術給付200000円と、入院給付が5000円/日で、13日分出るはずだから、保険金のほうが高いことになる。
妻に、アフラックの紙を病院に持っていってもらう。


3月24日 日曜 術後17日

排便の時、無理に力むな、口を開けて力めと言われている。
それは前立腺をはがして、後を直腸などに縫いつけてある、硬い便を出そうと力むと、そこがちぎれてしまう危険があるからだ。

ずっと大丈夫だったが、この日はなかなか出なかった。
便が大きいせいか、出そうになるが、ちょっと痛みを感じると引っ込んでしまう。
かなわないので、浣腸を買ってきてもらった。立派なバナナが出た。安心。


3月25日 月曜 術後18日

血尿がだいぶなくなった。

尿意を感じて排尿に行く、ちゃんと出るという形が増えた。

入院中、後半から普通に食べられていたが、動かないせいか、退院時の体重は61キロ台。その後次第に増えて、63キロ台になった。

今年は外の花粉がひどいので、ほとんど外にも出ていない。
少しずつ、散歩程度から体を動かし始めたい。


4月5日 金曜 術後4週間

夜はしっかり排尿できるようにはなった。ただしパッドにも出ている。
昼は、パッドの種類によって、尿意はあってトイレに行っても、そちらに出てしまっていることがある。


4月6日 土曜 術後30日

手術の前ギリギリに決まった仕事の本番で水戸に遠出。
薄型パンツと前あてタイプのパット250CC用とで乗り切る。外出の際は、前あてパッドは頻繁にチェックして取替えなければならない。おおむね2時間が目安。


4月7日 日曜 術後31日(1か月)

巻き型より、前あて型のほうが、尿意を感じやすいように思う。巻き肩は、高性能すぎるせいか、昼の尿意がわかりにくい。
あてるタイプに切り替えていこうと思う。漏れの危険はあるが、昼も、それなりにも自力排尿できるようになってきた。


4月8日 月曜 術後32日

最初の定期受診。採血と尿検査をする。
PSA値は4/1000。尿にうみなどはなく、大変順調とのこと。


4月15日 月曜 術後39日

別件で病院に定期受診。
ある程度、排尿コントロールできるようになってきていたので、普通のブリーフに前あてパットで出かけた。

そろそろ呼ばれるかなというタイミングと重なって、トイレに行くのが遅くなり、目立ちはしないが、パッドからズボンまで漏れ出した。まだやばい。


4月23日 火曜 術後47日

朝から終日の仕事。
パンツ型と前あてパッド250CCで乗り切る。
ずっと立って動いての中で、時々のどを潤すために水を飲む。休憩時間のたびパッドをチェックした。緊張のせいか、汗に回っいるせいか、シャーッという排尿はなかった。パッドは結局3回交換。


4月25日 木曜 術後49日

夜は1~2回排尿に起きるが、ほとんどバッドが濡れずにすごせるようになった。
昼もリラックスしていれば、サインに気づく。ただ、手術前にくらべて、周期が短いので注意が必要。

パッド類を試してみた結果、以下のとおり
◎サルバ 尿とりパッド スーパー 男性用(テープタイプ用 )
 入院中から使っているもので巻き型。 68枚入があってコスパがいい。

◎ライフリー さわやかパッド 男性用 250cc 一気に出る時も安心用 26cm 18枚 【ドッとモレも安心】
 使っているときは薄くて、使う前の持って歩く状態も小型でよい。 

◎ライフリー パンツタイプ すっきりスタイルパンツ 男性用 2回吸収 【超うす型】【前あき機能つき】【下着のようなはき心地】
 私の場合はパッドも使っているが、本来は単独の紙おむつなので、1日出歩くにも安心。

◎リリーフ まるで下着1回分 男性用 ブルーローライズ
 ビキニバンツみたいな浅い形の紙おむつ。これにパッドで、たいていの外出は可能。
 ライフリーのパンツほどの力はないが、おむつ感が少ない。

△ポイズ メンズパッド 薄型ワイド 安心の多量用300cc 15.5×25cm 12枚 【男性用 軽い尿モレ対策】
 300CCという性能に惹かれて試したが、その分厚い。
 水を吸うとさらに膨れて重くなるのとで、最善とはいかなかった。

△ライフリー テープ用尿とりパッド あんしん尿とりパッドスーパー 男性用 3回吸収 39枚
 サルバよりも吸収量が多いので買ってみた。
 持ち歩きにかさばるので、サルバのコンパクトさとコスパのほうに軍配。



by 50TEMPEST | 2019-04-26 15:56 | 見て聞いて考えた

前立腺がん手術日記【手術編 その2】

前立腺がん 手術日記

前立腺がんで前立腺の全摘をしました。
自分自身の心覚えという意味もありますが、似たような境遇にあり、これから方針決めなどという方にも何か参考になることもあるかと思い、記録しておきます。

【手術編 その2】

3月14日 木曜 術後7日

朝、先生が来て抜糸。腹の傷のホチキス針を半分(ひとつ飛ばし)抜き、カテーテルも抜いてくれる。
しばらくの間、出た尿の量を計り、記録するよう看護師から説明を受ける。

気づかず失禁が始まる。最初は、盛大に。
子どもに戻ったと思って、時間を決めて、シーという感じでやってもみた。
タラタラぐらいは出ないこともないが、コントロール部分は今ダメになっているらしい。
しばらくは、こんなものらしい。
残尿なく、出ることが今は大事、とのこと。

尿取りパッドを大きいロットで買ってもらった。これで安心、
白十字の尿取りパッドはかなりの保水力を持っているが、こっちは出ていることがわからない。
だから、いっぱいになっている時、気をつけないと、ちょっとしたはずみで下着のほうにこぼしてしまう。
普通のブリーフで、尿取りパッドを使っていたが、この日は夜中を含め、2回汚す。何をか言わん。
少し血尿なので、放っておくわけにもいかない。その場で洗って、干しておく。個室なので、そのあたりは何とでもなる。


3月15日 金曜 術後8日

夜は、おおむね2時間おきでパッドを交換した。
膀胱が引っ張られた状態にあり、受け止めてかかえる力がないのだろうか。
また、膀胱の状態を感知してがまんしたりする神経も、働いていないのだろう。
かかえた水をコントロールして放していくという、なくなった機能を、あらためて体が作っていくとしたら、すいすいとはいかないだろう。

焦っても仕方ないので、今はできることをするしかない。
看護師さんの話では、時間でトイレに行くというよりは、尿意を感じるようにしていくのがいいとのこと。

早ければ、明日、土曜日午後には退院できそうな気配。
早く退院しなければならないという事情もないので、当初予定のとおり月曜でよいと看護師さんに伝えた。


3月16日 土曜 術後9日

前夜は試しにトレーニングパンツ(つまりは、紙おむつ)を使ってみた。
看護師さんに、熟睡のためにはその手があると教えてもらった。
性能がわからなかったせいか、もうひとつ長い熟睡はできなかったが、結果としては優れものだった。

早朝、尿意に耳を澄ますようにして、トイレに行くと、けっこうまとまった量が尿瓶に取れた。回復への感触めいたものだった。
パッドなどをうまく使って仕事をしていくイメージが少しずつできてきた。

回診時の先生の話
今、新しい膀胱の形に慣れてきているところ。
胃を切除して少ししか食べられない人が、だんだん普通に食べられるようになるのと同じ。
2週間ぐらいで、漏れるのと、自分の意志でするのが、トントンぐらいになるのが平均なので、焦らないこと。
ピンの残りは明日抜く予定。残したまま退院して、後日外来で抜くケースもよくある。アメリカでは退院後に外来で抜くのが普通。
ピンを抜いてから縫ったところがはじけてしまうと大ごとになる。


3月17日 日曜 術後10日

夜中、血尿が少し多めで気になった。
朝、看護師に見てもらうと、このぐらいは問題なしとのこと。

先生が残りのピンを抜いてくれる。
血尿が続いているのは問題ないかと聞いてみた。

先生の話
問題なし。血尿はこれからも、時に何ヵ月も続くでしょう。
尿にはかさぶたを溶かす成分があり、ブラジルなどでは、飲尿で、その働きを利用しようという療法もある。
空気中では簡単にかさぶたができて治るものが、常に尿が通る部分では、キズが簡単には治らない。泌尿器科の宿命です。

明日月曜の3時すぎ退院と決定。
アマゾンで、尿取りパッドやパンツ、あれこれ見比べていくつか試しに手配する。


3月18日 月曜 術後11日

娘も来てくれて、退院。
忘れ物のないようにとか言いながら、しっかりタオルを忘れてくる。

これまで、筒先をくるむ形のパッドを使っていたが、試しに三角型の前あて式のパッドを普通のブリーフと合わせて使ってみたが、少し後ろ漏れしてしまった。

パンツ型と尿取りパッドを併用して就寝。
安心して、熟睡でき、かつ尿意で目覚めることもできた。
このパンツはたまたまあったもので、義母か義父が使っていた残りだが、さすがに高性能。

退院時に先生からもらった指導書によると、しばらくは運動厳禁とのこと。
文面から察するに、ゴルフなどやりたがる人がいるらしい感じの文面。
アルコールは、尿漏れコントロールが完全にできるようになるまで禁酒。
ホルモン剤治療の時からやめているので、別に欲しいとは思わない。
再来月まで、ということは5月まで入浴は不可。シャワーのみ。
季節的にまだ寒いので、ちょっと不便。
しかし3月だから、ましといえば、ましか。


by 50TEMPEST | 2019-04-26 15:48 | 見て聞いて考えた

前立腺がん手術日記【手術編 その1】

■前立腺がん 手術日記

前立腺がんで前立腺の全摘をしました。
自分自身の心覚えという意味もありますが、似たような境遇にあり、これから方針決めなどという方にも何か参考になることもあるかと思い、記録しておきます。


【手術編 その1】


2019年2月15日 金曜

術前検査。
採尿、採血、レントゲンをこなす。
採血によるPSA値は、この時コンマの値になっていたと後で聞く。


3月6日 水曜

タクシーでA病院へ。
入院の手続きをする。6階個室601である。

大まかな流れの説明を受ける。
こうして、こうなっていくという流れの表を見て、非常にシステム的なものを感じた。
普通の人がこの手順をふんで、一定の時間がたてば、治っていくということなのだろう。

夕方までにシャワーを使う。

看護師さんが、へそのゴマの掃除をしてくれる。後で別の看護師さんがチェックに来た。それだけ大事なことなのだろう。

思い出したのは、嘘か本当か、盲腸の手術ではあらかじめ下の毛を剃るのだと聞いたことがある。生検の時も今回も、そんなことはしなかった。

仕事のできそうな手術室看護師からも段取りの説明あり。

一応普通には眠った。


3月7日 木曜

朝から絶食。

朝、先生がのぞいてくれて、今いつものチームが集まってくれている、昼にしっかり休憩をとってからかかるので、安心していてくれとの話あり。

手術は13時30分から。所在なく午前を過ごす。浣腸などあり。

妻と娘が到着。
気持ちは落ち着いているつもりだが、妻から後に聞いたところでは、顔色が青ざめていたらしい。

時間になり、手術衣に着替えていったんハイケア室(ナースセンター隣室)へ。

さらに手術室へ。
名前、生年月日、手術の部位を言わされる。
ストレッチャーから隣の狭い手術台に移る。
麻酔科医の女医が声をかけてきて、まず背中に麻酔(硬膜外麻酔)開始。
その後マスクを当てられ、その先は覚えてない。

名前を呼ばれて気づいた。
「今、3時すぎです、早く済みましたよ」「59分でした」と言われたが、頭が回転しない。
腹を開けて、閉じるのに1時間と聞いていたから、正味の摘出手術に1時間かかっていないという、手際のよさを言ったのだろう(後で思うに)。
一般的には3時間とか、かかるらしい。先生の腕自慢。

ハイケア室へ戻る。
その時、妻たちは取ったものを見せられたようだ。
きれいに取れたから、写メをとるよう、さかんに勧められたとのこと。
後でその写真を見せてもらうと、10センチ強ぐらいの赤いもので、どこががんだかはわからない。

足につけた空気マッサージ機(血栓予防)がずっともんでくれるのが、気持ちいい

自分でも呼吸の安定を保って、マインドフルネスや数息観を試みる。痛みはない。

昔、父の腎臓がん手術の後、一晩ついたのを思い出した。親父は痛み止めをあまりしてもらえなかったか、痛い、痛いと言っていたなぁと。30年も前の話。

断続的にはそこそこ眠った


3月8日 金曜 術後1日

酸素のせいか、唇が渇いてかなわない。
朝、先生から氷をなめていいとお許しが出た。

身体を拭いてもらい、レントゲンを2枚。
肺炎を起こしていないか、などを見るらしい。

昼から食事(流動食)が出た。
食べたほうがいいのだろうと思って、できるだけ食べた。

手術衣から着替えて、車椅子で自室に戻る。

腹筋を使うなと言われているので、動きがソロリソロリになる。
腹の傷は、へその下、丹田あたりをタテに10センチほど。
寝起きや、咳の時に痛い。

夜から胃が不調。重く張った感じで、気分が悪い。
時々、ウィッとけいれんのような状態になるのが、腹の傷にも響く。

夜の食事は、ほんの一口だけ。

夜中、胃の気分の悪さで眠れず。
吐き気が出ることもあると聞いていたのだが、これも吐き気のうちかもと考えて、吐き気止めを点滴に入れてもらった。


3月9日 土曜 術後2日

朝からも、終日胃の不調が続いた。
思えば、きのうがんばりすぎたのだろう。
胃薬を出してもらう。

食事は無理にがまんして食べようとせず、口から食べることを体に思い出させればいい、一口でも食えたらよしと考えた。残った分ではなく、食べた方の分を見るように頭を切り替えた。

A食、B食、ふたつから翌々日のメニューを選べるようになっている。
午前中に聞きに来てくれるのだが、それ自体がうっとうしい。
「おまかせします」で済ませた。

痛み止めも入れてもらった。
自分は、切ったのだからこんなものだろうと思って、痛いとは言わなかったのだが、看護師さんからは、私は我慢する人という見方をされていたらしい。

胃の調子は、夜にはいくらかましになったが、調子が悪いと眠るにも難儀。
パイプ枕のパイプが痛くて、ほとんど眠れず。

よく朝、my枕を持ってきてほしいと妻にメール。
病院が近いので便利。

時間つぶしに、ラジオ、MP3プレイヤーなど持ってきてあるので、順に試す。
本はまだ読む気にならない。

何もしていないと、夜などはあれこれと考える。アイデアも浮かぶ。

「せん妄」が出るかもしれないと聞かされていた。つまり、あらぬことを言い出したりすることがあるらしい。
結果的に、それはなし。ずっと気は確かだった。

しゃべりがうまく口が回らない、声もよく出ない。
無意識にあちこちが緊張しているのだろう。

看護師さんと話していて、スポーツは何を見るかという話から、なんとその方もラグビー好きで、競技場まで見に行くぐらいの人とわかった。
ちょっと盛り上がって、元気が出た。


3月10日 日曜 術後3日

この日からけっこう食べられるようになった。
一皿全部とか、全体の半分とか、気分のままに、うまくないものは遠慮なく残す。

先生が、「少しずつでも自分で食べられればいいです。このぐらいの手術だと、今まではICUに3日いるのが相場ですから」と言ってくれたのが、頭の整理になっている。
つまり、けっこうなレベルの手術であり、思うようにいかないことがあっても、もう自室に戻って動いてる自分はましなほうなのだと考えられる。

食べられると、気分も明るくなる。
体力が回復するにつれ、「食べられるが、おいしくはない」という程度のメニューでも食べられるようになる。
食べるとか、眠るとかいうことにも、それなりの体力はいるものだと感じた。

腹のキズは痛い。動かなければいいのだが、寝起きはどうしても動くので痛む。

食事にしても痛みにしても、人より特別に回復が早くなるわけもないし、といって、人並みでない理由もない。

手術直後は、なぜか顎関節がスムーズでなかった。声も満足に出なかったが、この日あたりから、コミュニケーションが楽に。

軽い下剤(塩化マグネシウム)の投薬開始。


3月11日 月曜 術後4日

枕を替えたおかげで、前夜は長く眠れた。

食事は、苦もなく食べられるようになった。
ご飯は少なめにしてもらった。朝から丼みたいなご飯が出るのだが、それを見るだけで食欲が失せる。皆こんなに食べるのか?

毎日来てくれる妻にメールし、何か飯のお供になるものとヨーグルト、それからおやつにカステラか何かとリクエスト。
海苔か佃煮をイメージしていたのだが、こちらの気を読んで、好物の葉唐辛子の佃煮を持ってきてくれる。

この日で点滴を止めることになって、シャワーも解禁。針は残して点滴を外した。
頭を洗い、さっぱりした。
腹の痛みは一皮ずつ楽に。


3月12日 火曜 術後5日

前夜は、通して4~5時間眠れた。

今日の目標は便通開始。
朝から2度ほど、トイレに通う。
ベッドから立って、まわりを見回す余裕があった。

前立腺を摘出する時、直腸などともつながっているのをはがす。その後を縫いつなげてあり、固い便を出そうと力むと、そこがちぎれてしまうから、力んではいけないとの先生からの指示。
息を止めて力まないこと。多少は力まざるを得ないが、口をあけてするとよいと看護師からのアドバイス。

昼、やっと便通あり。
結局、:差し込み便器は使わずに済んだ。
寝るまでに3回排便あり。排便の動きに連動して、血尿がでる。

仕事関係の電話やメールがはいる。今回のことは伝えてないので少々うっとうしいが、ありがたいこと。

トイレに立つ時、腹の痛みはたいしたことなくなってきた。
ベッドの電動のおかげ。自力ではまだしんどいが。

太ももが細くなったような気がする。
たかだか数日動かずにいるだけで、ひどいものだ。


3月13日 水曜 術後6日

6時半の検温まで数時間は通して眠った。

こんな考えが浮かんだ。
煎じつめると、動物は上から入れて下から出す管であるのだが、付随する細かいパーツが付き、オートマチックに調整する機能も付いた。
人間は、口(上)からの入れ方を選択する脳の機能まで獲得した。

それが、出口あたりの小さいパーツのひとつでも取ったとなると、けっこうおおごとになる。
そのパーツが果たしている役割を周辺がカバーするようになるのだが、それにはやはり、それなりの時間がかる。

それだけではない。
手術で取り除くために麻酔するわけだが、半分死んだ状態にするわけだから、身体全体がもとのようにオートマチックに動く状態にまで目覚めさせるのは、簡単ではないということだろう。
入院で日数がかかるのは、案外その部分なのかもしれない。

切ったところがくっついていくとか、働きが戻るとかに要する、平均的な長さというものは、おのずと決まってくるのだろう。

妻と、仕事に戻ってからの尿取りパッドについて話した。
試しにアマゾンでいくつか注文してみる。

膀胱カテーテルから造影剤の食塩水を入れて撮影した。
前立腺を取り、膀胱と尿道を中抜きにつないだ部分がくっついているかのチェック。
問題ないとのことで、早ければ明日、カテーテルが抜ける。

このように、ひとつ手順を踏んで確認しつつ、回復のステップを一段上げていくプログラムなのだろう。まことにロジカルである。



by 50TEMPEST | 2019-04-09 10:59 | 見て聞いて考えた

前立腺がん手術日記【検査編】

■前立腺がん 手術日記

前立腺がんで前立腺の全摘をしました。
自分自身の心覚えという意味もありますが、似たような境遇にあり、これから方針決めなどという方にも何か参考になることもあるかと思い、記録しておきます。

【検査編】

2018年8月、月1回通院している泌尿器科クリニックから、PSA値が続けて高い(10以上)ので、前立腺がんの可能性がある、生検をして詳しく調べたほうがいいと思うと言われた。

もともと人並みには前立腺の肥大傾向があり、抑える薬を処方してもらっていた。その経過の中で、定期的に血液検査もしてきた。
それまでは、時々高めになり、また下がり、を繰り返してきていた。

生検をやる気なら紹介状を書くという。短くても2泊3日、最も手っ取り早くて、足の便のいいのは千葉駅前のA病院であるとのことだった。

いったん帰宅して妻と相談すると、やったほうがいいんじゃないと言ってくれるので、ふん切りがつく。

翌9月に紹介状を書いてもらい、A病院を受診した。

8月29日 水曜
月曜と水曜の午前のみが外来診療である。8時半から9時半まで(だけ)が受付というのに、たくさん患者が待っている。2時間近く待たされる。
その日は採尿、採血など、いくつかの検査のみ。
MRIでも調べるために、そのスケジュールの空き枠を取る。かなりいっぱいの状態で、翌月になる。

9月25日 火曜
MRIの検査のみ。

9月26日 水曜
MRIの結果、はっきりというわけではないが、怪しいので生検をやったほうがいいだろうということになった。
PSAはかなり有力な指標だそうだ。
東京では低めの数値でも、がんと見込んで検査を進めていく、しかし他の県では、前立腺がんは進行が遅いので、ある程度になるまで放っておくのだという。
そのあたりは、泌尿器科医が多いか少ないかの違いだそうだ。
とはいえ、私のように10を超えていると、かなりの確率でがんが見込まれるという。

検査日程等の話を詰めるのに、あらためて家族とともに来るように言われた。

9月28日 金曜
金曜日は予約診察日。深い話の必要な患者だけが来る。妻と受診。

待合室で見かけた何組かの方たちも、自分と同じような境遇なのだろう。深刻そうな顔つきで話し合っている人もいたが、こちらは前向きに見つけ、積極的に対応をとろうとしているせいか、気持ちの落ち込みはない。

前立腺生検の内容などを説明され、入院の手続きをする。
ここの先生はすごい数の検査をこなしてきていて、麻酔も自分でやる。麻酔をしないでやる病院もあるが、痛くしないから安心しなさい、とのことだった。

可能な限り早いほうがいいので、10月末に入院と決まり、せっかくならと個室を頼んだ。

10月31日 水曜
入院。手術日は木曜。
看護師からもろもろ説明あり。さらに手術室看護師からも詳しい説明あり。

11月1日 木曜
浣腸などして待機。
手術室に運ばれ、脊椎から局所麻酔。
年齢のわりに背筋がある、スポーツでもやっているのかと聞かれた。

肛門の前の方に針を10本ほど、順に打ち込んでいく。
針を打ちながら、「感触が、がんらしくないですね、ま、詳しく調べないとわかりませんが」などと言ってくれるので、そうなればうれしいことだがと、なにぶんかは楽観的になる。

部屋に戻ったが、下半身は棒のようで自分の体のようではない。動くことができない。
かなり時間がたってから、少しずつ動くようになってきた。
痛み止めは積極的に使ってくれるので、痛くはないが、ベッドが固く、枕も合わないので、寝苦しい。

時間つぶしに本でも読めるかなと想い、キンドルを持ってきたが、とうていそんな気にはならない。
何となくテレビの音を聞く。

11月2日 金曜
退院。結果は月末。

受診予定日の前に原因不明の肺炎になり、結果を聞きに行けず。
かわりに妻に行ってもらったが、教えてはもらえなかった。
考えればもっともで、深刻な病状の場合もあり得るし、相続等にもからむかもしれないものを、妻とはいえ簡単に教えてくれるわけはない。

12月10日 月曜
やっと元気を取り戻したので、結果を聞きに行く。

手術室の中での話にちょっと期待したが、残念ながら、2か所からがんが見つかり、ステージⅢとのこと。
特に1か所は先の方なので、手術としては取りにくい場所だという。

前立腺がんは骨に転移しやすいとのことで、転移がないか、あらためて次の検査の指示あり。
レントゲン、心電図、呼吸器内科の診断などを受ける。

この時点で、「もし手術するならいつ」になるかを聞くとよかったが、頭が回らなかった。
わかった時点で、すぐ手術の手配が始まるものと、何となく思い込んでいたので、翌月に入っていた仕事を、事情を話してキャンセルした。
実際には、そんなに簡単に進むものではなく、そこまでする必要はなかったと後でわかる。

12月25日 火曜
骨への転移を調べる。造影剤を入れてのCT、骨シンチグラフィ撮影。

12月28日 金曜
また家族同道でとのことで、妻と受診。
骨への転移はなさそうなので、前立腺を取れば完治の見込みとのこと。

治療のし方について、いろいろ説明を受ける。
開腹手術、ダヴィンチ(ロボット支援)手術、ホルモン治療、放射線治療などがある。言ってしまえば、当たり前だが一長一短。

今後の再発の可能性などを考えると、手術で取ってしまうほうがよいだろうとのこと。
先生は、開腹の症例が豊富、2000人近くやってきているそうだ。
こちらとしても、後顧の憂いなく取ってしまうのがいいだろうと納得して、開腹手術を選択した。

ついでに、手術の要領を動画にしたものも見せられた。
NHKの『プロフェッショナル』などで、名人の手術の様子を一緒に見たりしているので、妻とふたり、動揺もせず「へーえ」という感じ。
しかし、これは確かに安心につながる。

実は、その後、開腹せずに超音波でがんを焼き切る方法をテレビ番組で知った。また、元巨人の角氏が前立腺がんをやったのは知っていたが、彼の場合はトモセラピーなる方法だったそうだ。
これらの方式が長期的に見てどうなのか、私に向いているかなどはわからない。
私の場合は、前立腺自体が肥大してきていたことでもあるから、自分の選択としては、そっくり取ってしまうことでよい。
しかし、実際開腹でやってみての感想としては、腹を切ることのダメージや、尿漏れの副作用は小さくはない。
超音波などの新しい方式は、局所的に焼き切ることができるので尿漏れなどの影響が出ないようだ。かなり魅力だとは思う。また、だんだんそっちが主流になってきそうにも思う。

また、超音波にしても、ダヴィンチにしても、新しい方式でやる場合は、経験の豊かな医者がやってくれるかどうか、当たりはずれがあるかもしれない。
何がベストか、調べて腹をくくるしかない。

その日から、まずホルモン剤治療をやることになった。
肝臓に負担をかけるので、アルコールは禁止と言われる。
酒は、たいした量ではないが、毎日晩酌に飲んでいたので、ちょっと寂しい。
ネットで買った日本酒が数本手つかずにあったが、これは妻の料理酒となった。
夕食が早く終わってしまうこと、あきれるほどである。

後日、知人との新年会で「医者から薬の関係で禁酒を言い渡されましてね」なんて言ったら、逆に深刻そうに心配された。

また、手術時の呼吸の力にも影響があるとのことで、禁煙も。
もとからタバコは吸わないので、そちらは関係なし。

手術は3月初めと決定した。



by 50TEMPEST | 2019-04-01 18:39 | 見て聞いて考えた